第5話 妙に器用なピアノ弾き
芸術の授業は、美術・書道・音楽の中から音楽を選択しているのだが、音楽の授業それ自体よりも楽しみにしていることがある。
「ねえ美織、ピアノ弾いてよ!」
授業が終わり、先生が退出した後の友人からの声掛けをいつも心待ちにしてしまう。しかし残念ながら本日はネタ切れである。
「えー、でももう弾ける曲ないよ」
「この間弾いてくれたやつでいいからさ」
ピアノ演奏をせがむこの友人は、基本的にはクラシックに疎い。しかしながら、普段からテレビドラマはよく観ているらしく、最近よく流行っている、音大生を主役にしたあるドラマが大変お気に入りだったと言っていたな。――それなら、あの曲にするか。
「同じってのもなんだし……『ラ・カンパネラ』でも行こうかな」
あたしは教室のグランドピアノに向かった。件のドラマで主人公が演奏していた、超有名なピアノ曲である。跳躍が多く、とても難易度が高いことで有名なその変奏曲を、全部弾けるわけではない。しかし音楽室でちょっと弾くくらいなら数フレーズだけ抜粋して演奏すれば良いのである。誰もフル演奏なんか望んでやしない。
あたしは、こうやってあたしの演奏でみんなに「すげぇ」と言ってもらうのが好きだ。なんなら、すごいだなんて思ってもらえなくてもよい、「ウケる」「面白い」「意外」っていう言葉すら、嬉しい。
そりゃぁもちろん、単純に演奏レベルで言えば村松さんや、あるいはまだ見知らぬ他のピアノプレイヤーの方が「すげぇ」のだろうけれど、相手のニーズや状況に合わせて適当に演奏をするのであれば、いっそあたしみたいな「ピアノを弾くのが意外なタイプ」がやった方が面白いって、本気でそう思っている。
「……ここまでしか弾けない」
「え、十分すごい!」
「ねえ、今度はモーツァルト弾いてよ、この間リクエストしたやつ」
「待って、まだ楽譜すら買ってない」
こうしてみると、皆好きな音楽ってそれぞれだなぁと思う。あたしは、それこそドビュッシーとかラヴェルだとか、そういった近現代の楽曲に憧れを持っている(上手く弾けるとは言っていない)。しかし、あたしのまわりでピアノを齧っている子の間ではショパンが人気。そして、登録している音楽のサブスクサービスで最も登録者数が多いのは、モーツァルトだったりする。
「期末試験の1週間前になりましたので、試験科目を発表します」
担任教師が黒板に5日分の時間割を記入する。1科目1科目、順に書かれる度に、教室からは悲鳴や歓声――そんなに騒いだって、勉強しなきゃいけないことは変わらないのに。試験科目だって元々知ってるじゃん……とは決して言えない。例えば、世界史と生物、そして古文といった重めの暗記科目が特定の日に固まった場合、それらの暗記科目は前もって勉強しておかなければならない。一方で、暗記科目がうまく分散してくれれば、試験期間の最後の方の科目は、試験期間開始前に勉強が終わっていなくても構わない……ということになる。試験科目の順番は、学生にとってかなり大事なのだ。
そして、そういった悲鳴や歓声は当然他のクラスからも聞こえてくるわけで。そのとき聞こえてきたのは隣のB組の声だったのだけれど、なんとなく、「C組はどんな時間割だったのかな」なんて思ってしまった。試験期間中はさすがにレッスン無しで良いよね? 今度、桜木くんに会ったときに一応確認しておこう。
「それでは体育委員さん、ここから先お願いいたします」
担任がそう促し、教壇を降りる。
「体育委員からお知らせです。――テスト最終日に、クラス対抗バスケットボール大会を行う予定です」
クラスのどこからともなく、イエーイと歓声が起こる。あたしもそれに合わせて、フー! と言いながらハンカチを回す。別に球技がそこまで好きかというと全くそんなことはないのだけれど、ノリっていうか、……まあ、あんまり盛り上がってあげないと、体育委員が可哀想だから? 的な。
「先日の体育の授業にて決定した、フリースロー担当者を発表します」
体育委員が順に名前を読み上げる――
「投順1番。高中さん」
ピアノで培われたのかどうかは不明であるが、妙な手先の器用さが発揮されることがたまにある。
――――――――――――――
本日の1曲
リスト 『ラ・カンパネラ』
以前、同作曲家の別の楽曲を取り上げたことがある。そう、超絶技巧練習曲のマゼッパの作者、リスト。彼の残した名曲は数多いが、ラ・カンパネラはもっとも有名な一曲と言っても過言ではない。キャッチーなメロディーと、テクニカル的な難易度の高さから、クラシックに興味のない方でもこれだけは知っている! という声もよく聞く。
メタくて恐縮だが、ひとつ、作者より自慢させてほしい。私はこの曲をフルで弾けた(過去形)。
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