展開部

第24話 漠然と刺激を求めている

 1年で1番楽しみな学校行事が、実はクラス替えだったりする。誰と同じクラスになるか、誰が担任か。学生であるあたしたちにとって、そういったことは結構大事。あたしの場合、特別に相性の悪い先生がいるわけでもなく、大げんかをした生徒がいるわけでもないので、不必要に緊張することもない。

 そういえば、ここ最近、緊張する機会ってない。ピアノ教室もやめちゃったから、発表会は無いし、人前に出る機会もない。高校生になってから度々受けるようになった模試もだんだん慣れてきてしまったし、学校の定期テストなんて言わずもがな。――6年間を同じ学校で過ごすあたしの毎日は、とても心地よくて、ちょっとだけ生ぬるい。


「あー、おひさ


 新しい教室でぼんやり席に座っていると、通りすがりにちょっと眠そうな声がした。すぐに村松さんだと気づいたけれど、あたしが反応するころには彼女の後ろ姿しか残っていなかったし、実はあたしじゃなくて、近くにいるほかの誰かに声をかけたのかな? とすら思った。そう、実はあたしと村松さんって、その程度の仲なのである。案の定、村松さんは同じ部活(彼女は生物部。音楽とは一切関係のない部活である)の友人と合流し楽しそうにしていたし、あたしはあたしで、今年度もよろしくする予定のいつものメンバーと戯れる。いつも通り皆とはしゃぎながら、こっそりと、教室を見渡す。――あたしはちょっとだけ、刺激を求めている。

 それこそ、理子さんが同じクラスになったら、なかなか刺激的じゃない? 桜木くんの彼女、理子さん。めったにないトラブルに、最初はちょっと驚きもしたけれど、今となっては長い6年間で1回程度は有ったっていいタイプの事件だと思っている。これで、何らかのきっかけで仲直りして、むしろ仲良くなっちゃったらアツいよね! なんて。さすがに甘いか。

 そうこうしているうちに、新しい担任の先生(とはいっても、中学2年生の頃に一度受け持ってもらったことのある先生である。この学校は、6年間、担任陣が持ち上がりなのだ)が入ってきて、出席を取り始める。


「……で、今日は桜木くんが風邪で休み、と」


 先生のそんな言葉を聞いて初めて、我が弟子が同じクラスだったことを知る。ちょっとは面白いことになってきたのかもしれない。





「美織はさ、この春休み初のバイトだったんでしょう? どうなの、『バイト』って」

「やっぱ『社会はきびしー!』って思うもんなの?」


 高校生としての日常に漠然とした停滞感を覚えていたあたしは、実はこの春休みの間、初めてアルバイトなるものを体験してみたのだった。あたしの学校は私立ということもあってか、良家の子女も多い。それが原因かどうかは分からないが、バイトが禁止されているわけではないにもかかわらず「でも学生の本分って勉強だよね」と判断する御家庭が多い。実際、あたしも最初は両親に反対を受けたものの「春休み限定、1週間にシフトは3日まで」という厳しい条件つきでOKをもらった。だから、友人たちにとって、バイトをしている同級生という存在はかなり珍しいのである。


「結局、アイドル握手会のイベントスタッフ3回、デパ地下の食品販売5回やっただけだからなぁ……運良くカスハラみたいなのもほとんど無かったし」


 デパ地下で道案内を求められて、ぱっと答えられなかったときに「使えねえな」「勉強しろよ」と老爺に吐き捨てられたことが2、3回程度あったのと、イベント会場でアイドルとの交流の制限時間を守らないタイプのオタクを「剥がす」作業に苦戦したものの、トラブルは起きなかったし、正直こんなもんで社会を語ることはできないと思う。


「え、待って? アイドルって何」

「地下アイドルも含め何回かやったけど……いちばんすごかったのが猪木坂48.5」

「マジ? いいな、誰居たの」

「センターとかは居なかったけど、こないだ入った4期生は全員居た」

「めっちゃ羨まし」


 そんな話をしながら、どうせだったらピアノのコンサート関連のバイトを探せば良かったな、と思うなどした。探せば募集していたのではないか?

 いずれにせよ、あたしの手元にはバイトで手に入れた、僅かばかりのお金がある。このお金は――おそらく楽譜か、ピアノレンタルルームに費やすことになるのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの子はテレーゼ まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ