第7話 クラスの命運、背負いがち

 あんた、彼氏の成績も知らなかったの、と驚かれてしまった。


「彼氏じゃないんだけど」

「え、じゃあなんなの?」

「生徒、あるいは弟子」

「どういうこと」

「あたし、あの人にピアノ教えてんのよ」


 親友は目を丸くした。それはそうだよね、そもそもあたしがピアノを弾けることを知っている人自体、つい最近までとても少なかったはずだ。


「桜木くんって、確か入学時は特待生だったはずだよ。今はどうか知らないけれど」

「へぇ、結構賢いんだ」

「少なくとも地頭はかなりいい方なんじゃない? 定期テストは努力次第なところがあるから、今でも好成績かどうかは知らないけど」

「まあ、1度でも特待にひっかかったような子は、それなりに予後がよさそうだけど?」


 入学当初に特待生だった子がそこまで努力を怠るようになるとは思えない。おそらく今でもかなり成績は良い方なんだろうな、と察する。


「でも、に居なかったんでしょ? それなら今は特待生じゃないってことだし、この学校、テストの順位を明確に発表しないからよく分からないよね」


 あたしは親友の言葉に小さく頷く。――そう、この1年間、あたしはこの学校を特待生として過ごすことができたのだ。中学2年生のときにピアノを辞め、一気に暇になってしまったから勉強にそのエネルギーを全振りしたところ、みるみる内に成績が上がった。中学3年生のときのテストの好成績が理由で高校1年の間、授業料が無料になったのだ。入学時はせいぜい、中の上くらいの成績で入学したこの学校で、そのような立場になれるとは全く思っていなかった。

 親は来年度も特待生となることを期待している。あたし自身、そのために毎回の定期テストは努力しているつもりだ。しかし、確約はできないからね? と思う。中学生のころとは違い、徐々に勉強に本腰を入れる人たちが増えている。勉強の難易度だって上がっているわけだし、それに――これは全く言い訳にならないことは自覚しているが――やっぱり、もう少しだけ、ピアノを頑張ってみたいと思っている。ピアノで食べていけないことなんて、とうに分かっているつもりだ。でも、あんな中途半端に辞めてしまって、自分の全力を出せたかどうかすら分からないのに、何となく諦めるなんて、という気持ちがある。いやでも、本当に言い訳にはならないよな。だって、ピアノを習わせてくれた両親は、あくまでそれがあたしの脳の発達によさそうだからという理由で習わせてくれただけなのだ。決してプロを目指すほど全力で頑張ってほしいと思っていたわけではない。中古のアップライトピアノを買い与えてくれただけでもこんなにもありがたいことなのに、お小遣いでわざわざグランドピアノを借りに行ったり、ピアノの練習のし過ぎで成績が落ちたりなんて、迷惑この上ないと思うだろう。

 でもさ、特待生の話はこれとは別じゃん? とは思う。そもそも、私立の学費を払う前提でこの学校に入れてくれたのだから。もちろん、それ自体はとてもありがたいことだとは思うのだけれど、そこには別にあたしの強い意志があったわけではなく、基本的に両親の教育方針である。入学時に、「美織でも特待生になれるような私立校」を探したわけでもない。それが、たった1度、半分まぐれのような形で特待生を取ることができたからといって、当然のように「来年度も授業料が浮くはずだから~」といったたとえ話で暗にプレッシャーをかけられるのは、少々しんどさがある。

 桜木くんは、特待生を外れたとき、親にどんな反応をされたのだろう。ピアノでしか繋がりのない、謎の多い同級生に、初めてほんのりとシンパシーを感じた。









 それから2週間が経ち、長い期末テスト期間も最終日となった。


「ようやく、バスケ大会だ!」


 周囲の友人は呑気に楽しんでいる様子だが、あたしは気が気ではない。


「どうか……どうか、フリースローの機会が訪れませんように」

「なんで、美織のせっかくの活躍の機会じゃない」

「あたし、本番に弱いんだから」

「はぁ、校内のバスケットボール大会ごときを本番だなんておおげさな」


 あたしは基本的に運動音痴だ。走るのもかなり遅い方で、球技も基本的にはダメ。しかし、バレーボールのサーブだったり、バスケットボールのフリースロー、バドミントンのラリーを続ける……など、最小限のコントロールのみを必要とし、体力やスピードを必要としない競技だけ、かなりとびぬけてできる。

 しかし、そういう細かいコントロールを必要とするものは、同時に緊張下で上手くいかない可能性を常にはらんでいるのである。


 体育委員によって発表されたトーナメント表を眺めながら、「どうか、さっさと敗退しても良いから……」と、クラスの一員としてどうなの? と言いたくなるような祈りをささげるのであった。



――――――――――――

本日の一曲

ジョン・ケージ 『4分33秒』


何も思いつきませんでした(完)



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