第5話 好きな理由

「ねぇ、カルちゃんは何の魔法が一番好き?」


さっきまでの怖い雰囲気から元に戻りる。


長い沈黙にこの場から去りたくなるカルーナだったが、どうすることもできず我慢してその場にいると急に変な質問をされ「へ?」と間抜けな声を出してしまう。


直ぐに気を取り直し「あ、その、ぼ、僕は花を出す魔法が一番好きです」と答える。


紫苑はその瞬間ある記憶が蘇る。



「どうして花をよく出すの?」


「花は嫌い?」


紫苑の質問に答えず質問で返す花冠。


「嫌いじゃないけど」


「私は花が好き。沢山の魔法の中でこの魔法が一番好きなのよ」


そう言って紫苑の周りに花を咲かせ、一輪の花を耳の上にのせる。




「……そう。奇遇だね。俺もその魔法が一番好きだよ」


泣くに泣けず笑うに笑えず何とも言えない顔をしてしまう。


「本当ですか!嬉しいです!僕初めてこの魔法が一番好きって人に会えました。いいですよね、この魔法。僕はまだ使えないんですけど、でもいつかはできるようになりたいんです」


花を出す魔法は魔法使いや魔導師達の中ではあまり人気がない。


魔法使い達の中ではやはり派手でカッコいい魔法が多い攻撃魔法が一番人気がある。


カルーナは魔力量が少ないから攻撃魔法は使えないが、もし仮に使えたとしても一番好きな魔法は変わらなかったと思う。


「なら、教えてあげようか?」


「え!?いいんですか?でも、本当に僕魔法下手ですけど大丈夫ですか?」


「うん、いいよ。心配しないでできるまで教えてあげるから」


紫苑がそう言うとカルは「ありがとうございます!」と何度も頭を下げてお礼を言う。


自分にそう言ってくれた人は初めてだった。


大抵の人はやめろと言うばかりなのに。


嬉しくてこんなに幸せでいいのだろうかと心配になってしまう。


「ただし一つだけ条件がある」


「条件ですか?それはなんですか?」


お金を要求されると思った。


それ以外考えられない。


お金は貯めてあるからあるが、明日から旅に出ようとずっと前から決めていた。


あまりにも馬鹿げた金額を要求されなかったら払ってもいいかもしれない。


そう思ってしまうくらいその魔法を使えるようになりたいと思っていた。


「どうしてその魔法を一番好きになったのか教えて欲しい」


「え?……そんなことでいいですか?」


お金を要求されるとばかり思っていたので、あまりにも簡単な条件に驚きを隠せない。


自分の聞き間違いではないかと疑ってしまう。


「うん。俺には大事なことだからね」


「わかりました。そんな大した理由ではないですけどそれでもいいなら」


好きな理由を話すだけで魔法を教えて貰えるなら安いもんだ。


「少し話が長くなりますけどいいですか?」


「構わないよ。顔も洗ったし服も乾いた。風邪をひく心配はなくなった。夜までまだまだ時間はある。気にしないで話していいよ」


そう言われ魔法好きになったきっかけから話しだす。


「僕が魔法を使えるようになりたいと思ったのは勿論花冠に憧れているのもあるんですが、ピリエスさんに出会ったからなんです」


紫苑はただ黙ってカルーナの言葉に耳を傾ける。


「僕がピリエスさんと出会ったのは今から十二年前の七歳の時です。その日のことは昨日のことのように今でも覚えています……」


その日もカルーナはいつものように男と会うからと母親のマリスに家から追い出される。


金を稼いでくるまで家には帰ってくるな、と。


カルーナは五歳から働かされているので当たり前のことだと思っていた。


ここ二週間は靴磨きをした。


今日は久しぶりに薬草を採って売ろうと思い森に向かった。


カルーナがよく行く森には魔物がいると言われており冒険者達以外基本入ってはいけない。


カルーナはマリスからも町の人達からもそんな話を聞かされたことはないので知らなかった。


それに今まで何百回も森に入ったが一度も魔物に遭遇したことはないので、その日もいつものように薬草を採っていた。


だが、今までは運が良かっただけで魔物はいた。


カルーナは魔物から急いで逃げるもどうせ殺されるとわかっていた。


魔物はわざとカルーナが逃げられる速さで追いかけていた。


転んで、起きて、走って、また転んで、起きて、走ってを繰り返して逃げていると足を踏み外して転げ落ちてしまう。


その衝撃のせいで気を失った。


死ぬ前に見たのが魔物だったのは最悪だがもう自分にできることは何もないと諦めて眠る。


次に目覚めたときはベットの上だった。


傷を全て手当てされていた。


カルーナは自分におきている状況が理解できないでいると部屋の扉が開いて誰が入ってきた。


「あ、起きたんだ。大丈夫か」


優しそうなおじさんが入ってくる。


「あ、あの、おじさんが僕を助けてくれたんですか?」


「いや、私ではないよ。助けたのは魔法使いの女性だったよ。私は薬屋だから君を預けにきたんだよ」


「あ、そうなんですか。その女性はどこにいますか。お礼を言わないと……」


ベットから出てお礼を言いに行こうとするが、体に力が上手く入らずベットから落ちてしまう。


「駄目だよ、安静にしていないと。君は三日ずっと眠っていたんだから。それと女性は君を預けてすぐ旅だったからもういない」


カルーナを抱き抱えてベットに寝かす。


「え?僕三日も眠っていたんですか」


三日も家に帰っていないことを知ると顔色を変えて今すぐ家に帰ろうとする。


「何しようとしてるんだ。まだ寝ていないと駄目だと言ったら」


起きあがろうとするカルーナをベットにおさえつける。


「お願いです。帰らせてください。早く帰らないと……」


マリスからまた殴られたり蹴られたりすると思うと怖くて仕方ないが、帰るのが遅くなればなるほど回数が増えるので今すぐ帰らなければならない。


「大丈夫。君が心配するようなことはおきらない。だから今は寝なさい」


「それはどういうことですか?」


おじさんの言っていることがわからず尋ねるが頭を撫でられると急に眠くなりそのまま寝てしまった。


カルーナが次に目を覚ましたのはそれから二日後だった。

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