第20話 花冠との出会い



千年前、世界が魔族に支配されていた時代。


そして、紫苑がまだ九尾になる前のただの白い狐の妖だったとき。



「おい!逆らう奴は全員殺せ!逃げる奴もだ!」


魔王軍が全軍で千花国を攻めてきてから五年後、魔族は逃げた者を殺そうとまた襲いにきた。


紫苑の母親は五年前に殺されたため一人で何とか生きていた。


だけど、生きる意味も希望もなくただ魔族に怯える日々。


そんな生活に嫌気がさして殺されにいったが、人間が殺される場面を見てやっぱ嫌だと思い逃げていた。


それでも、ただの狐と魔族の差は圧倒的ですぐに捕まる。


もう駄目だ。


死ぬ、殺される。


剣が振り下ろされる瞬間、今までの人生を思い出し自分は何のために生まれてきたのかと虚しくなる。


ただ殺されるため、惨めに生きていたのかと。


もう二度この世になんか生まれたくない、そう思ったとき花冠が現れた。


紫苑を殺そうとしていた魔族を殺すと周りにいた魔族を次々と殺していった。


圧倒的な力の差だった。


あんなに恐ろしかった魔族が手も足も出ない光景に紫苑は開いた口が塞がらなかった。


「もう大丈夫よ」


全て倒すと花冠は紫苑に声をかけた。


「……」


紫苑はまるで夢のような出来事に何も言えなくなる。


お礼を言わなければと焦れば焦るほど上手く話せなくなる。


「……怪我してる。腕を出して治すから」


紫苑は花冠に言われるまま怪我をしている左手腕をだす。


花冠は治癒魔法を使いあっという間に治す。


「痛くない?」


花冠の問いに紫苑は首がもげるのではないかと心配になるくらい激しく振る。


「そう。ならよかった」


花冠は黄金の仮面をつけていたので顔は見えなかったが、優しく微笑んでいるように紫苑は感じた。


「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」


「気にしないで。家まで送るよ」


「……」


紫苑の家は魔族に破壊された。


元々一人で暮らしていたし、また新しい住処を見つければいいが何故か家がなくなったことを言ってはいけない気がして黙り込む。


「……少年、花は好きか?」


花冠は紫苑が何も言わないので全てを察し何とかして励まそうと考え自分が一番好きな魔法を見せればいいと考えた。


「嫌いじゃないけど……」


好きでもない。


可でもなく不可でもなくというやつだ。


花を愛でる趣味はない。


「じゃあ、いいものを見せてあげる」


そう言うと花冠は見渡す限り紫苑の花を咲かせた。


「き、綺麗!」


目を輝かせて紫苑の花を見る。


花を好きになったわけでなく、大量の花を出した花冠の魔法に感動した。


「あの、これはなんて花ですか?」


「紫苑」


「紫苑か。素敵な花だな」


紫苑は暫く紫苑の花畑をうっとりとした目で眺め続けた。


「あの、どうしてこの花をだしたんですか?」


花は紫苑以外にもたくさんある。


その中で何故紫苑を選んだのか気になった。


紫苑はこれまで花には興味をなかったが色んな花を見たことがある。


紫苑の花よりも大きくて美しい花を名は知らないが知っている。


その花ではなく何故この花だったのか、どんな理由で選んだのか急に知りたくなった。


「君の瞳の色と同じだったから。ただそれだけ」


花冠のその言葉を聞いた瞬間、紫苑の中の何かが動き始めた。


花冠に助けられてから紫苑の世界は色を取り戻しつつあったが、今の言葉で色鮮やかな美しい世界になった。


「そっか、俺の瞳こんな色なんだ」


「嫌だった?」


「そんなことないです!すっごく気に入りました!」


「そう、ならよかった」


花冠は近くの花を何個かむしり何かし始めた。


何をしているのだろうかと覗き込むと花が冠になっていた。


「あげる」


紫苑の頭の上にのせる。


「ありがとうございます。大事にします」


人から何かを貰うのは生まれて初めて一生大事にしようと決める。


「あ、あの、よかったらお名前を教えてください」


命の恩人で世界に色を取り戻してくれた人。


名前くらい知っておきたい。


きっともう少しで別れることになるとわかっていた。


「……百合よ」


「……百合さん。素敵な名前です」


紫苑はすぐにそれが嘘の名だわかった。


それでも、紫苑にとってはこの瞬間から花冠の名は百合になった。


だから大したことではないと胸の痛みを無視して割り切ることにした。


「ありがとう。僕の名前は?」


「俺には名はありません」


両親は死んだし、そもそも名は与えられなかった。


「……」


「あの、もし迷惑でなければ俺に名を与えてくれませんか」


声が震える。


助けてもらって、花畑をだしてくれて、花冠までくれたのに名までつけてくれというのは図々しいと紫苑本人でも感じていたが花冠以外にはつけられたくないと思った。


もし、嫌だと言われたら死ぬまで名なしで生きる覚悟だった。


花冠は何も言わず時間だけが流れる。


紫苑は花冠が何か言うまでじっと耐えるようにして待った。


「……紫苑。君の名は今日から紫苑だ」


ようやく口を開いたと思ったら花の名を言う。


「同じ名前にした理由を聞いてもいいですか?」


別に気に入らなかったわけではない。


寧ろ気に入っている。


自分の瞳の色と同じだからと言って出してくれた花と同じ名前なのは嬉しい。


ただ、どうして同じ名前にしたのか何か意味が込められているのか気になっただけ。


「私は花が好きなんだ。だから、よく花を出す魔法を使う。色んな花を毎日だす。出す花はいつもそのときの気分だけどね。でも今日は紫苑をだした。君を見たから。君を見てすぐに紫苑の花のようだと思った。なんとなくだから理由とかはないけど、ただそう思った。君は紫苑の花みたいだと。瞳の色と花びらの色が一緒だから余計にそう思ったのかもね。だから、君に名をつけるなら紫苑しかないなって」


ずっと空を見上げていた花冠はゆっくりと紫苑の方を向き話しを続ける。


「あとは、この花を見かけるたび君のこと思い出せるなって思ったのもあるな」


これは今思ったことで名を決めたときには思っていなかった。


でも今はそう思っているからいいかと、さも最初からそうだったかのように話す。


「……」


「嫌だった?」


「そんなことないです。すごく嬉しいです」


この花を見るたびに自分のことを思い出してもらえると思うと嬉しくて幸せだ。


これまで自分のことを知っている人なんていなかった。


いたとしても白い狐の妖くらいにしか覚えられない。


それくらいの存在。


紫苑自身もそう思われて仕方ないと思っていたのに、それなのに花冠は狐の妖でも白い狐でもなく自分を思い出すと言ってくれた。


紫苑にはその言葉がこの世に存在するどの言葉より幸わせになる魔法の言葉だった。




「あの、また会えますか?」


花冠は暫くこの森で過ごしていたが、用が済んだのかこの地から去ろうとしていた。


このまま別れるなんて嫌でまた会えるという約束何欲しかった。


それさえあれば例え一人で生きていくことになっても耐えられる。


そんな希望が欲しかった。


「私にはやらねばならないことがある。それはとても危険で命の保証はないことなんだ。だから、その約束はできない。ごめんね」


そう告げると花冠は紫苑の元を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る