第15話 花冠の絵
「私は父親から聞いた話をそのまま教えるだけなので、本当かどうかは本人にしかわからないと先に言っておきます」
「わかっています」
どうしてそんな前置きをするのかわからないが、千年前のことなのだから話が少し捻じ曲がっているのは仕方ないと最初から覚悟している。
「ガーベラが花冠の絵を描いたのは最初に助けられてから五年後と言われています」
「五年後?それはどうしてですか?」
「それはわかりません。ただ、ガーベラは二度花冠に助けられたそうです」
「つまり、花冠はこの町に二度訪れたと言うことですか?」
そんな話し昨日教えて貰わなかった。
何故昨日教えてくれなかったのかと心の中でシラーに問う。
「はい、そうです。最初に町を救ってから五年後、ガーベラは魔物に襲われそうになったところを助けられたそうです。そこで、一度ならず二度救ってもらった恩を忘れないよう絵を描き毎日その絵に祈りを捧げていたと言われています」
「どうしてガーベラさんは魔物に襲われたんですか?」
紫苑が尋ねる。
「理由はわかりません。ただ、そのとき森にいたらしいです。魔物の殆どは森に住むといわれているのでそのせいかと」
ジンの答えに、そういうことじゃないと突っ込むも千年前のことを当人でもないのに聞いても無駄だと思いこれ以上追求するのを諦める。
「あの、ガーベラさんが有名になったのって花冠が町を救った五年後からだと言われていますが、もしかして何か関係していたりしますか?」
ガーベラ・ミラーは有名でその生い立ちが本になるほどだ。
ピリエスからガーベラのことを教えられたのがきっかけだが、その後のことは全て自分で調べた。
「ええ、間違いなく関係していると思います。ですが、成功したのは花冠様のお陰ではなく友人のお陰らしいです」
「友人?」
「はい。よく家族にこう言っていたらしいです。『私が成功したのは二人の人間のお陰だ。私の命を二度救ってくださった花冠様。花冠様がいなければ私は今この世に存在していない。そして、もう一人は私の友人のお陰だ。彼女が私の才能を信じ背中を押してくれたから、今の私がある』と」
「その友人とはどんな人ですか?」
紫苑は何故かその友人のことが気になった。
理由を聞かれた答えられないが、ただ本能が聞けと言っていた。
「すみません。ガーベラはその友人のことを誰にも教えなかったそうです」
「そうですか」
「あ、でも、絵があります。昔、画家に無理矢理描かせたそうなので。花冠の絵とは違うところにありますが、見ますか?」
「はい、見たいです」
そう答える紫苑の様子がどこかおかしいとカルーナは思うも何がおかしいのかがわからず何も言えない。
ただ心配だった。
ちょっとしたことで壊れてしまうような危なさを感じた。
「では、行きましょうか。絵のところに案内します」
「こちらになります」
ジンに教えてもらう必要などなく、部屋に入った瞬間にあそこにあるとわかる。
一つだけ異彩を放っていた。
「……」
カルーナは花冠の絵を見て感動した。
触れば消えてしまいそうなほど儚いのに、全てを倒す強さを込められた花冠を体現するかのような絵。
花冠の周りに桜の花びらが舞うように描かれ、太陽の光が当たっているかと錯覚するほど眩しい。
一体ガーベラはどんな思いでこの絵を描いたのか。
カルーナはあの時代に生きていないので理解できない。
カルーナ達が一言も発さず長い時間、花冠の絵を眺めていと不意にその時間に終わりを告げる声が聞こえた。
「ジン様、こちらにいらっしゃいますか」
ウィルがジンを呼ぶ。
「ああ、いる。どうかしたか」
扉を開けウィルに話しかける。
「ルーシー様がいらっしゃいました」
申し訳なさそうに伝える。
ルーシーの名を聞いた瞬間ジンの顔色が変わる。
「わかった。すぐに行く。先に行っといてくれ」
「はい」
ウィルに先に行くよう指示した後、申し訳なさそうに話しかける。
「すみません。用ができてしまったので少し外します。絵は自由に見てもらって構いませんので。あ、それと友人の絵は隣の部屋に飾ってあります」
そう言うとジンは返事を聞かずに部屋から出ていく。
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
カルーナはジンの後ろ姿にそう言うが聞こえていないのはわかっていた。
「カルちゃん、俺は隣の部屋に行くけどどうする?」
「俺はもう少し花冠の絵を見ます』
「そう、じゃあ後でね」
「はい」
ふと時計を見たらジンが席を外してから一周半回っていた。
これは、まずい。
さすがに長いしすぎた。
カルーナは急いで紫苑がいる隣の部屋へと向かう。
「シオ…」
名を呼びかけてやめる。
紫苑の頬が濡れていた。
静かに泣いている。
見てはいけないものを見てしまった気がして、急いでその場から離れる。
「シオンさんはあの女性を知っているのかな?いや、でもそしたら千年前から生きていることに……」
そこまで言いかけて首を横に振り考えるのをやめる。
余計な詮索は良くない。
紫苑が話すまでまとう。
「でも、あの女性の人すごく綺麗だったな」
一瞬だがカルーナは絵を見た。
ガーベラの横で微笑んでいる女性がまるで天女かと錯覚するほどの美しさだった。
あんな女性が友人なんて羨ましい。
いつか、自分にもあんな綺麗な女性と知り合いになれたらなとありえない未来を想像する。
「そんな風に笑うんだね、百合さん」
初めて笑う姿を見て嬉しいと思うのに、同時に悲しくなる。
紫苑は一度も笑った顔を見たことがなかった。
いや、そもそも紫苑は顔を見たことすらなかった。
いつも、仮面をつけていたから。
たまたま、あの日仮面を外すところを見て顔を知っただけ。
「ねぇ、百合さん。貴方は幸せでしたか?」
返事が返ってくるはずなどないとわかっているのに、笑っている姿を見てそう聞かずにはいられなかった。
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