第16話 服の贈り物

紫苑が部屋に戻ってきたのは、さらに時計が半周した後だった。


「お待たせ、カルちゃん。ごめんね、二時間も待たせることになって」


「いえ、僕もずっとここにいて花冠の絵を見ていましたので気にしないでください」


「そう?ならいいけど。そろそろ行こうか」


「はい」


嘘がバレないかとヒヤヒヤしたが気づいていない様子でホッとする。


チラッと紫苑の目元に視線を向けると少し赤くなっているのに気づく。


やっぱり泣いていたのは見間違いじゃなかった、と。


「ジンさんどこにいるかね、挨拶しないといけないし」


さっき泣いているところを見ていなければ、人に泣いていたと言われても信じないだろう。


それぐらい、完璧に普段の紫苑に戻っていた。


「ですね」


二人が部屋を出ようと扉を開けようと手を伸ばすが、その前に勝手に扉が動き「え?」と間抜けな声を出し固まる。


「あ……」


ジンは中に入ろうとしたが、二人が目の前にいて驚く。


「すみません。長い時間お待たせしてしまって」


すぐに気を取り直して謝罪する。


「いえ、僕達の方こそずっと居座ってしまいすみません。それで、図々しいお願いだと承知の上でお願いがあるんですが」


「何でしょう」


「あの絵を本に掲載させていただけないでしょうか。すごく素晴らしくて沢山の人に知ってもらいたいと思ったんです。勿論無理なら断っていただいて結構です。ただ、本当に花冠のことが大好きなんだと感謝しているのだと伝わってくる絵だったので、それで、その……」


早口で思ったことを言い息切れする。


言い終わってから自分がすごく恥ずかしいことを言ったと気づき恥ずかしくて顔が林檎のように真っ赤に染まる。


「そうですね。その方がいいのかもしれないですね」


ジンはそう呟くと使って構わないと伝える。


「本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!」


何度も頭を下げお礼を言うと記憶ができる魔法石を取り出し絵を読み取る。


「カメラを使わないの?」


紫苑の問いにカルは「はい。魔法石の方が綺麗に現像されますから」と。


確かにその通りだが、その分カメラより高い。


カルーナが買うのははっきり言って難しいはず。


どこで手に入れたのかと不思議に思っていると「ピリエスさんが旅の餞別としてプレゼントしてくれたんです。カメラより綺麗に写るし保存数も多いからって」と大事そうに魔法石を持つ。


読み取りが終わり本当にできたかと確認の為映像を出すとガーベラが描いた絵が写し出される。


上手くできた。


カルはもう一度ジンにお礼を言う。


「本当にありがとうございます」


「いえ、気にしないでください」


「でも……」


ここまでよくしてもらって気にするなと言われても気にしない方が難しい。


「なら、いい本を出してください。今出ている薄っぺらい本ではなく。本当に花冠のことを知れる本を」


「はい。約束します。必ず出します」




「ジン様、ご用意できました」


カルーナが宣言してすぐ扉を叩く音がして、ウィルの声がした。


「入っていいぞ」


ジンが許可するとウィルが大量の服を持って入ってくる。


「どうぞ、着てみてください」


「いや、でも、そんな悪いです」


いきなり着ろと何の説明もなく言われ困惑する。


本音を言えばガーベラの服を着たい気持ちはあるが、お金がない。


カルーナに服を買うなんて余裕ない。


「気にしないでください。それにこれは、私のためでもあります」


ジンの言っている意味がわからずカルーナは首を傾げる。


「どういうことですか?」


「失礼を承知で言わせていただきます。カルーナさんのその格好では、これから先話を聞くとき相手にされないこともあるはずです。見た目とはそれほど大事なのです。例えば汚い見た目と美しい見た目が同じことを言ったり、したとしても感じ方が違うし近付いてくる対応も違ってきます。残念ながら今のカルーナさんの格好では相手に舐められてしまいます。どれだけ立派な目標を持っていたとしても、今の見た目では殆どの人は相手にしないし、したとしても適当なことを言うでしょう。勿論中にはきちんと相手をしてくれる人もいますが」


カルーナはジンの言葉を聞いてその通りだと思った。


見た目がどれだけ大事がわかっている。


でも、少し希望を持っていた。


紫苑やシラー、ジンの対応で見た目はそこまで重要ではない。


誠意をもって接すれば相手もその誠意で返してくれる。


だが、ガーベラの現オーナーであるジンに見た目は大事と言われ自分の格好や大丈夫だと一瞬でも勘違いした自分が恥ずかしくなって消えたくなる。


「なので、服を贈らせてください。ガーベラの服を着た者が馬鹿にされることなどあり得ませんから」


すごい自信だが、それほどまでに自身が作った服に誇りをもっているのだ。


千年経った今でもガーベラの服には世界一の服という称号がある。


例え貴族でもガーベラの服を着た平民を馬鹿にすることなどできない。


もし馬鹿にでもすれば二度とガーベラの服を着ることはできない。


そうなれば社交界では生きていけなくなる。


「でも、僕には……」


自分のような人間に着る資格などないと思いジンの好意を受け取るのを躊躇う。


いつかは着たいと思っていたが、それは自分に自信をもてたとき。


今ではない。


「カルーナさん。最初に言ったはずです。これは私のためでもあると。ガーベラは花冠に二度救われました。ですから、今度はガーベラの服で貴方達の旅のお供をし、手助けをしたいのです。どうか、我が一族の想いを共に連れて行って欲しいのです」


ジンは頭を下げてお願いする。


「カルちゃん。せっかくの好意を無碍にするのは返って失礼だよ。それに、これは彼らのためでもあるんだから受け取ろう」


「……はい」



「どうでしょうか?」


着替え終えた二人に話しかける。


「うん、いいね。気に入ったよ」


鏡の前で確認し自分によく合っていて気にいる。


さすが、世界一のデザイナーだと感心する。


「カルちゃんはどう?」


そう尋ね、カルーナの方を向くときまりが悪そうな顔をして笑う。


「似合ってないですよね」


似合ってないことはないが、どこか違和感がある。


ジンが選んだのだから似合わないはずはないのだが……。


何がいけないのかわからず何も言えずにいると、ジンがカルーナに近づきこう言った。


「顎を引いて、背を伸ばしてください。そして、真っ直ぐ向こうを向いてください。そして、頭の中で自分の夢を、花冠様のことを思い出してください」


カルーナはジンに言われたことを全てやる。


すると、さっきまでのカルーナとは別人みたいに格好よくなり頼りになる男に見えた。


「鏡を見てください」


「え?……嘘……これが僕?」


ジンに言われカルーナは鏡を見ると、ここに映っているのは本当に自分なのかと疑う。


信じられない。


カルーナは自分のことを生まれて初めて格好いいと思った。


口には出さなかったが、本当に格好いいとイケているとさえ思った。


「カルーナさん。覚えておいてください。服は人に自信を与える一番手っ取り早い方法です。格好いい服を着るとそれだけで自分も格好よくなった気がしたりしませんか?人は自信がないと俯きがちですが、自信がでると真っ直ぐ前を見ることができます。服はその自信を授けてくれる一番のアイテムです。服は人の価値を変えることができるのです。ですが、これだけは忘れないでください。服はあくまでも服です。それに囚われてはいけません。あくまでも、背中を押し共に戦う武器だと思っていてください」


「はい」


このときのカルーナはジンの言っている意味がよくわかっていなかった。


ただ、服に囚われると碌なことにならないということだけはわかった。

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