第12話 千年前

「千年前、人類が魔族に支配されていたのは知っていますね」


「……はい」


カルーナは頷く。


「この町はリスティヒとういう名の魔族の貴族に支配されていました。リスティヒはとても悪趣味で最低の魔族でした」


シラーはリスティヒのことを実際に見たことはないが聞いた話だけでも、殺意が湧くほど大っ嫌いだ。


名を言っただけで殺意が湧き、落ち着こうと目を閉じ深呼吸をする。


「リスティヒは何年かは町の人達に干渉せず見ているだけで、人々が安心し警戒しなくなると一部の人間を惨い殺し方をしその死体を町の真ん中に自分の作品として飾るのです。町の人達は死体を埋葬しようとしましたが、触ったら家族全員殺して同じようにしてやると脅され、死体が完全に朽ちるまで何年もの間そのままで暮らしました。それを何回も繰り返し、一体どれだけの何月をそうして過ごしていたのかわかりません。この町の人々そうしてリスティヒに支配され希望を失っていました。当然です。生まれてからずっとそんな生活をしていたら、希望なんて生まれません。それが当然で仕方ないことだと受け入れてしまいます」


シラーはここまで早口で言う。


息が上がり肩で呼吸をし始める。


ヴァイオレットはそんなシラーが心配になり、背中をさする。


「……ありがとう、もう大丈夫。お陰で落ち着いたわ」


お礼を言い、続きを話す。


「結婚もリスティヒが勝手に決め、子供を産むよう指示をしていました」


「何故そんなことを支持したのですか?」


カルーナは本当に何でそんな指示を出したのかわからず尋ねた。


だが、その答えを知ると聞いたことをひどく後悔した。


「それは、ずっと自分の作品を作り続けるためです。リスティヒにとって人間は自分の欲を満たすための道具でしかありません。人間を殺し続けたら、作品を作るのが難しくなります。だから、結婚相手を決め子供を沢山作るよう支持したのです」


カルーナは絶句した。


信じられなかった。


つまり、花冠がリスティヒを殺すまでこの町はリスティヒの欲を満たすためだけに子作りをさせられていたのだ。


好きでもない相手と結婚させられ、挙げ句の果てにはお腹を痛めて産んだ子供が惨い殺され方をされ町の真ん中に飾られる。


そのためだけに子供達は生まれてきたと。


そんなことを許されるはずがない。


誰だってわかっているが、魔族と人間は圧倒的な差があり従うしかなかった。


カルーナは話を聞いて無意識にホッとしてしまった。


生まれたのが千年前でなく、今でよかったと。


カルーナの人生だって想像絶する程悲惨だが、千年前に比べたら可愛いものだった。


「(あれ?もしかして、僕ホッとしたのか?……嘘だろ……とんだクソ野郎じゃないか)」


ホッとしたことに気づき自己嫌悪に陥る。


「私は初めてこの話を聞かされたとき、千年前でなくこの時代に生まれてよかったとホッとしました」


シラーはカルーナの表情から今何を思っているのかが手に取るようにわかる。


シラーも初めてこの話を親から聞かされたとき同じことを思ったから。


「誰だってそうでしょう。辛い時代ではなく幸せな時代で生きたいと思うのは」


カルーナを見て貴方は何も恥じることはないと伝える。


「それで、その後はどうなったのですか」


紫苑が早く続きを話してくれと急かす。


「貴方が想像している通りだと思いますよ。花冠様がこの町に魔族がいると聞き倒しに来たのです。ですが、リスティヒはそのことをいち早く察知しこの町の人達を盾にしました。そして、この者達を助けたければ刀を捨てろと」


シラーはそのときの事を忘れないようにと一人の少年が描いた絵があるとそれを見せた。


その絵に描かれていたまるで地獄絵図のようで、カルーナは気持ち悪くなり吐きそうになる。


紫苑に「大丈夫?」かと聞かれ何とかはいと答えるのがやっと。


「それで、そこからどうやってリスティヒを倒したの?」


カルーナが大丈夫そうなのを確認してから聞く。


「魔法で町の人達を全員保護した後、リスティヒを刀で首を斬り落としました。あっという間の出来事で町の人達は何が起きたのかわからなかったそうです。ただ、リスティヒの体が消えていくのを見てようやく自分達は助かったのだと実感したそうです。その後は花冠様が回復魔法で町の人達の怪我を全て治し、リスティヒに殺された者達の魂を天に連れていってくれたそうです」


魂を天に連れていったとはどういうことか、カルーナが尋ねようとする前にこの絵をと言って別の絵を見せる。


その絵は花冠と黄金の蓮が地面に咲いているものだった。


カルーナは首を傾げた。


この絵の意味が理解できなかった。


花冠が魂を天に連れていったのだから描かれるのはわかる、だが黄金の蓮はどういう意味なのか、そもそも死んだ者の魂はどこに描かれているのか。


絵に穴が開くのではないかというくらい見たが、どれだけ考えてもわからずその疑問を尋ねた。


シラーはそんなカルーナに優しく微笑みこう答えた。


「その黄金の蓮が殺された者達の魂なのですよ」


「……え?それはどういう意味ですか?」


「そのままの意味です。ここには描かれてないけど、黄金の蓮の上に死んだ者達の姿が見えたらしいのよ」


「……」


信じられなかった。


何か尋ねようと口を開くが、すぐに閉じる。


これを何度か繰り返したが、結局何も聞かないことを選択した。


「貴方は驚かないのね」


シラーは紫苑の方を見る。


「まぁ、知ってたからね」


「それはあり得ないわ。当時の人間達は知っていてもこの時代の人間が知るのはほぼ不可能よ。貴方はどこで知ったの?」


紫苑に厳しい口調で問う。


「確かに、人間が知るのはほぼ不可能だね。でも、貴方は知っている。貴方以外にもこの魔法を知っている人間はいるでしょ。つまり、そういうことだよ」


「確かに、私以外にも知っているものはいます。貴方もそうだと?」


シラーの問いに紫苑は微笑むだけで何も言わない。


「……わかりました。そういうことですね」


上手くはぐらかされたが、これ以上問い詰めても何も答える気はないのは明白。


なら、これ以上は時間の無駄と思い話しを元に戻す。


「その後、黄金の蓮は暫くして消えましたが辺り一面が光輝き死んだ者達が皆、天に昇っていったそうです。私は見たことはありませんが、千年前は当たり前のように知られていたはずです。花冠様は魔族や魔物に殺された者でこの世に彷徨い続けた魂を天に連れていって差し上げたそうですから」


「ちょっと、待ってください!どうして、そんなすごい魔法が知られてないんですか」


カルーナはシラーの話を止め疑問をぶつける。


申し訳ないと心の中で謝るもこの疑問を無視したまま話を聞き続けることができない。


「それは簡単なことだよ、カルちゃん。この魔法はね、禁術なんだよ。だから、一部の人間以外知らないんだよ」


「禁術?」


どうしてそんなすごい魔法が禁術に?


おかしい、理解できない、もっと多くの人に教えるべきだ。


そう言おうとしたが、紫苑の手に口を押さえられ何も言えなくなり黙って話の続きを聞いた。


「この魔法はね、花冠にしかできないんだ。当時の人間には勿論、魔法技術が格段に上がった現在でも使えるものは誰一人いないんだ」


「でも、それが理由ならその魔法を禁術にまでしなくていいのでは……」


カルーナの問いに紫苑は首を横に振りそれが理由ではないと。


「この魔法を花冠以外が使うと、例外なく死ぬんだ。この魔法はそれほど危険な魔法なんだよ。当然だよね。死んだ人間の魂を見えるようにして別れの挨拶をして天に昇らせるんだ。並大抵の魔導師にはできない。いや、花冠と同じ大魔導師の称号を持っている者でもできない。だから、禁術にしたんだよ。この魔法の存在を知れば、人間は希望を持ってしまう。魔法は奇跡をよぶもの。他の人間にはできなくてももしかしたら自分にはできるかもしれない。そう勘違いした者達が当時には沢山いたんだ。この魔法のせいで大勢死んだ。馬鹿だなとは思うけど、同時にその人達の気持ちもよくわかる。だって、愛している人がが亡くなったら会いたくなる。当然のこと」


「……」


カルーナは何も言えなくなる。


紫苑の言葉が理解できなかったから。


カルーナには例え死ぬかもしれないとわかっていても、死んだ者に会いたいと思わない。


そんな人がいない。


いや、もしいたとしてもそういうものだと受け入れる。


そもそも愛というものがよくわからない。


だから、わざわざ禁術にする理由がわからない。


自分は薄情な人間なのかもしれないと紫苑の話しを聞いてカルーナは自分自身に呆れてしまう。

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