第13話 何者
「(やっぱり、ただの人間じゃないわ。いや、もしかしたら……)」
シラーが紫苑の正体を疑っていると、ちょうど目が合い微笑まれる。
まるで、それ以上は詮索しない方がいいと言ってみたいに。
シラーは今ので確信した。
紫苑が人間ではないということに!
どうするべきか悩む。
殺すべきか殺さないべきか。
もし魔族なら殺さないといけないが、そもそも自分は紫苑を殺せるのか。
いや、まだ魔族と決まったわけではない。
まずは紫苑が何故花冠のことを知りたがっていたのか知る必要がある。
その後でどうするか考える。
「そう言えば、貴方は何故花冠のことを知りたいのですか」
声が震えそうになるのを何とかたえる。
この質問で大体わかる。
カルーナが他の者達とは違い本気で花冠のことを調べ本を出そうとしたのがわかったように、紫苑のこともわかるはず。
そう思って問いかけたのに余計にわからなくなった。
「ただの興味だよ」
笑って答えるが、シラーにはどこか無理しているように感じた。
「そう、興味ですか……ヴァイオレット、悪いんだけど甘いものが食べたくなったわ。持ってきてくれる?」
「はい」
ヴァイオレットが部屋から出ようとするのを止めカルーナにも一緒に行くよう頼む。
カルーナは二つ返事で引き受けヴァイオレットと一緒に厨房へと向かう。
「……二人はもういないわ。本当のことを話してちょうだい。貴方は一体何者なのかしら。どうして花冠様のことを知りたいの」
カルーナとヴァイオレットがいたら本当のことを話してはくれないと判断し部屋から追い出す。
二人がいなくなったからといって本当のことを言ってくれる保証はない。
もし本当のことを言ってくれるのなら信用できるし、言わないのなら魔族である可能性が高くなる。
身の危険はあるが生い先短い老人の命だ。
まだ人生これからの若い二人を殺させる訳にはいかない。
もし、紫苑に殺されてもすぐに家の者に知らせられるよう魔導石を気づかれないよう手に持つ。
「あなたの考えてる通り俺は人間ではないよ。ただ、昔花冠に助けられたことがあるだけだよ。それだけだよ」
「それって、つまり貴方は……」
「そうだよ。俺はあの時代に生きてた」
「はい、お祖母様」
チーズケーキとローズティーを机の上に置く。
「ありがとう、ヴァイオレット」
ヴァイオレットは返事のかわりに微笑む。
「はい、紫苑さん」
紫苑のはカルーナが用意して机の上に置く。
「ありがとう、カルちゃん」
「いえ、これくらいお礼を言うようなことじゃないですよ」
今まで両親に同じことをしてもお礼を言われたことはない。
むしろ「遅い」「ノロマ」と暴言を吐かれ殴られた。
たったこれだけでお礼を言ってもらえ、どうしてか急に涙が出そうになる。
「それで二人は私達が戻るまで何の話しをしてたんですか?」
ヴァイオレットの問いに祖母は一瞬固まるも、すぐに「大した話はしてないわ」と誤魔化す。
「そうそう、ほんとに大した話はしてないよ」
ヴァイオレットは二人にはぐらかされた気がして、むぅとほっぺを膨らませる。
シラーはヴァイオレットの頬をツンツンと突き本当に大したことじゃないのよ、ともう一度言う。
ヴァイオレット達が戻ってくるまで、紫苑のあの言葉を最後に一言も言葉をかわさなかった。
何も聞けなかった。
紫苑の発する空気からこれ以上は何も聞くなと拒絶されたから。
本当は花冠のことを沢山聞きたかった。
人間の寿命は短い。
もう、花冠にあったことある人間は一人もいない。
もし、花冠に会ったことある者で生きているとしたらそれは人間以外の種族。
ここ数百年、人間と他種族との交流は減っていた。
冒険者の中にごく稀にエルフやドワーフ等はいるが、千年前に生きていた者は誰一人いない。
話を聞きたくてもどこにいるのかわからず諦めていた。
それなのに、目の前にいる男は花冠に会ったことがあるという。
夢が叶った。
そう思った束の間、話すつもりはないと拒絶されてしまった。
シラーはヴァイオレット達が戻るまでの間いろんな感情に覆われた。
怒り、悲しみ、嫉妬、同情、ほぼ負の感情に飲み込まれた。
ーー私は話したのだから、貴方も話すのが礼儀だ。
ーーいや、あの頃はは地獄だったと聞く。思い出したくなくて話したくないのかも。
ーー思い出したくないのなら、花冠様のことを知ろうとしないはず。
紫苑にも事情があるのだからそれを無視するのはよくない、でも聞きたい。
二つの感情に挟まれ、自分が自分でなくなっていく感じが気持ち悪くてどうしたらいいのか困っていると二人が戻ってきて助かったとホッとした。
「じゃあ、僕達はこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました。このお礼はいつか必ずさせてください」
空も暗くなりはじめ、これ以上ここにいるのは迷惑になるのでお暇しようとする。
「お礼はいい本を書いて下されば、それでいいです。私達はそのために話したのですから」
ヴァイオレットがお礼は本の内容で示せと言う。
「わかりました。必ずいい本にします」
ヴァイオレットの言葉にポカンと口を開け驚くも、すぐに気を取り直し約束する。
二人が話している隙に紫苑は祖母にだけ聞こえるように「花冠は俺にとって光であり、生きる意味だった」と伝える。
シラーはパッと紫苑の方を向くと自分はなんて愚かな事を聞こうとしていたのかと後悔する。
紫苑の顔は今にも泣き出しそうな子供の顔をしていた。
大切な人を失う悲しみはいつの時代も変わらない。
でも、千年前と今ではその重さは違う。
花冠は人類だけでなく魔族と魔物以外全ての生物の光で希望だった。
花冠は魔王倒したその日に命を落としたと言われている。
ようやく平和な未来が訪れ、誰もが花冠にお礼を言いたかったのにその機会は失われたのだ。
自分達は助けてもらったのに、花冠を助けたものは誰もいない。
勿論、全ての者がその事を後悔したわけではないが目の前の紫苑はその事をずっと後悔し生きている。
紫苑が花冠のことを知ろうとしているのは、せめて自分だけでも覚えておこうと思ったからなのだと気づいた。
シラーは紫苑に酷いことをしたと謝ろうとしたが、その必要はないと首を横に振って拒絶された。
「貴方は何も悪くない。貴方は俺達の為に話してくれたのに、俺は自分の都合で話さないでいるだけ。謝るのはこっちの方だよ。ごめんね」
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