第9話 汽車
「じゃあ、早速行こうか」
「はい」
荷物を持ち町を出る。
「で、最初はどこに行こうと思ってたの?」
カルーナのことだから旅の順番を決めているはず。
自分があれこれ言うよりその方がスムーズに旅立てる。
「大陸一最もお洒落な町ファラレイに行こうと思ってます」
ふふん、と少しだけ自慢げに言う。
ファラレイは国一番、いや世界一を誇るお洒落な町。
その理由の一つが千年前から世界一の名を手にしているファッション店、ガーベラ。
ガーベラは老若男女関係なく好かれている。
最も遠い国のものでも一度は訪れたいと思う店。
誰もが憧れる場所。
そのため人も多い。
「うん、わかった、そうしよう。ここから、そう遠くないしいいね」
紫苑は少し考えてからそう言う。
カルーナは返事するまでの間が気になったが、聞いてもはぐらかされるだけと思い「では、行きましょうか」と返事して駅に向かう。
「汽車ってこんなんなんですね。僕初めてで、なんか緊張します」
写真や絵で汽車がどういうものか知っていたが、実際にみると迫力が凄くて感動する。
本当にこんな物が動くのか、自分達を含めた大勢の人が乗れる乗り物があることが百年前から存在しているというのに信じられない。
「俺も初めてみたときは驚いたよ。本当にこんなのが動くのかって、ね」
紫苑は何度かと乗ったことがあるので、他の人達と同様に大して驚くこともなく駅員にチケットを見せ汽車に乗る。
カルーナはそんな紫苑の一連の動きに「すごい、都会の人だ」と心の中で呟く。
「カルちゃん?」
中々チケットを駅員に見せず電車に乗ろうとしないカルーナを不審に思う。
「あ、はい。す、すみません」
自分のせいで後ろにいる人達が汽車に乗れないことに気づき、急いでチケットを駅員に見せる。
「D7はここだね」
買ったチケットの書かれた扉を見つける。
紫苑達は座席ではなく個室のチケットを買った。
カルーナは紫苑にお金が勿体無いから座席にしようと言ったが、そっちの方がお金を盗られる可能性があるから駄目と言われ渋々個室の方にした。
紫苑は初めて乗ったときお金を盗られた。
勿論すぐ取り返したが、その日は目的地に着くまでの間四回もやられた。
その日以降、汽車に乗るときは個室にしていた。
それに紫苑なら問題ないが、カルーナはお金をすぐ盗られるだろうし盗られたことにも気づかないだろう。
座席の方が個室の半分でお金は済むが、盗られた意味がない。
「個室って意外と広いんですね」
さっきチラッと座席だけの車両を見たが、この個室なら余裕で大人六人が座れる広さだ。
「まぁね、それだけ高いし。でも、貴族達が使う方はもっと広いよ」
「まぁ、確かにすごかったですしね。僕あんなに0がいっぱいついているの初めてみました」
チケットを買うときにみた個室の種類は三種で値段も倍以上違った。
カルーナは一番高いチケットの金額をみて「余裕で一ヶ月暮らせる」と思った。
同時に金はあるところにはあるだな、と。
「貴族は金持ってるからね」
「……そうですね」
羨ましい、と言いそうになるのを何とか耐える。
カルーナの家は貧乏なのに両親とも外に恋人を作り家には殆ど帰ってこない。
帰ってきてもお金の催促。
カルーナは自分で稼いだお金の大半を両親の借金と恋人の為に使われていた。
貴族のところの子供が羨ましかった。
生まれながら幸せが約束されている。
ごく稀に最悪なところもあるがお金の心配はないし、自分の人生に比べたら大したことはない。
「とりあえず、昼食にしよう。食堂に行こう」
カルーナの顔が曇ったのに気づきそう言う。
こういった時は、寝るか食うかに限る。
「はい、そうしましょう。朝から何も食べてなかったので」
朝食を食べてから行こうとしたが、マリスと恋人のせいでそんな暇はなかった。
二人は個室をでて食堂のある車両へと移動する。
汽車の中の食堂は個室の乗客にだけ使うことが許される。
だが、カルーナは数分後食堂で食事をしようとしたことを後悔する。
「カルちゃん。何が食べたい?」
紫苑にそう聞かれるもメニューに書かれてある料理がどんなのかわからない。
「……」
何と答えればいいかわからず黙ってしまう。
「好き嫌いはある?」
「ないです」
「肉と魚ならどっちがいい?」
「肉がいいです」
「オッケー、なら俺が勝手に頼んでもいい?」
「はい、お願いします」
自分で頼むより紫苑が選んだ方がいい。
何故かこの食堂にいる人達の中で一番馴染んでいるし、貴族特有のオーラがある。
服はそうではないのに顔がいいからそう思うのか?
他の人達も同じことを思っているのか、さっきからチラチラと紫苑のことを見ている。
紫苑がウエイターを呼ぶと何かの呪文かと思うくらいわからない単語をスラスラと話す。
その姿が本当に貴族みたいで目を奪われた。
ここでは聞きにくいので後で紫苑に貴方は貴族なのか、と尋ねようと決める。
暫くたわいも無い話をしているとウエイターが料理を運んでくる。
カルーナはその料理達をみて両目を輝かせた。
今までカルーナが食べできたどの料理よりもはるかに美味しそうだったから。
「じゃあ、食べようか」
「はい」
カルーナは料理を一口口に含むと目をこれでもかというくらい見開き幸せそうな顔をする。
「美味しい?」
「はい!僕こんなに美味しいもの初めて食べました」
「そう?なら、よかった」
カルーナの幸せそうな顔をみて満足し紫苑も料理を食べ始める。
「もう、食べられないです。本当に美味しかったです」
頼んだ料理を全て食べ終わるとデザートが運ばれてきてそれも食べ終わるとカルーナは何とも間抜けな顔をしていた。
紫苑はそんなカルーナをみてつい、ぷっと笑う。
「笑わないでください」
カルーナはムッとした表情をするも、耳まで真っ赤に染まっていた。
「ごめん、ごめん。つい、可愛くてね」
「……」
「わかった、わかった。もう笑わない」
無言で見つめられ耐えられなくなり笑わないと誓う。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
紫苑は伝票を取り会計する。
カルーナも自分の分は払おうと財布を取り出そうとするが、ウエイターが口にした金額を聞き固まってしまう。
「はい」
紫苑は特に動じることもなくお金を渡す。
ウエイターはお金を受け取ると二人に向かって「ありがとうございました、またのご利用お待ちしております」と頭を下げた。
紫苑はそのまま食堂から出て行こうとしたが、カルーナが固まっているのに気づき名を呼んでから出る。
紫苑に名を呼ばれようやく我に帰り紫苑の後に続く。
カルーナは自分の分は出すと言うが頑として受け取ろうとしない。
何十分もお金のやり取りをするが、最終的に「じゃあ、次は僕が奢ります」と言ってカルーナが折れた。
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