第7話 夢
「紫苑さん?」
紫苑から何の反応もないのでどうしたのか不安になる。
馬鹿な夢だと言われる覚悟はしていたが、紫苑は何も言わない。
恐る恐る紫苑の方を向くと、紫苑は何故か泣き出しそうな顔していた。
何か傷つけるよなことを言ったのかと思い紫苑の名を呼ぶ。
「あ、ごめん。ちょっと驚いてね。いいね。その夢。すごくいいと思う」
早口で本当にいい夢だと伝える。
「あ、ありがとうございます」
まさか褒められるとは思わなかったので嬉しくなる。
「ねぇ、カルちゃん」
「はい」
「どうしてそうしようと思ったか聞いてもいい?」
紫苑の顔は泣くに泣けず笑うに笑えず、子供のように誰かに縋り付くような表情をしていた。
カルーナは何故か本当のことを言わないといけないと思った。
誤魔化したりせずそう思った訳を話さなければならないと。
「さっき花を出す魔法を一番好きになったきっかけを話したじゃないですか」
「うん、そうだね」
「僕はピリエスさんから花冠の話しを聞いてて思ったんです。もっとこの人のことを知りたいって、いや知らないといけないって」
「どうして?」
「千年前、人類を含むほぼ全ての種族が魔族の奴隷だったと聞きました。一部の種族や国は何とか逃れ戦っていたけど、それは時間の問題で数年もあれば奴隷にされていたと。でも、今現在僕達は奴隷になっていなし、魔王もいません。こうして僕達が暮らせているのは花冠のお陰です。それなのに僕は花冠のことを殆ど知りません。花冠は魔王を倒しこの世界を救いこの世を去りました。それなのに、知らないでいるのは許されないと思うんです。僕は、僕達は花冠のことを知らないといけないんです。それが全てを捧げてくれた、花冠へのせめてもの感謝の気持ちだと思うんです」
カルーナはピリエスから花冠の話を何度も聞いたが、全てを知ることはできなかった。
ピリエスは「千年も前のことだからわからない。他国でしたことは流石にわからない。魔物や下級魔族を倒したことなど、その町しか知らないようなことまではわからない」と言った。
カルーナがどうして?と問うと、ピリエスは何故か悲しそうな笑みを浮かべ「忘れされるからかな。仕方ないことなんだ。千年前の英雄を今の人達は興味ないからね。その時代に生きていたわけじゃないから」と答えた。
その言葉を聞いて、そんなの絶対におかしいと思った。
命を賭してこの世界を守ったのに、誰もそのことを覚えようとしないなんて!なんて礼儀知らずなんだ!と
自分だけはそうならない。
絶対に忘れないし毎日感謝すると誓った。
「君の想いはよくわかったよ。でも、どうやって花冠のことを世界中の人に知ってもらうんだい?」
そんな方法ならあるなら誰かがやっていたはず、でも千年の間誰もやらなかった。
いや、成し遂げられなかった。
きっと、カルーナのように思った人間は大勢いるはずだ。
でも、千年たった今でも花冠の成したことを全て知る者はいない。
口で言うのは簡単だ。
想いは立派だとおもうが、成し遂げられなければ口だけ。
紫苑はカルーナがどうやって世界中の人に花冠を知ってもらうのかと、その方法が気になった。
「本を出します」
「本を?」
その言葉に紫苑は内心ガッカリする。
ため息を吐きそうになるのを誤魔化すようにゴホン、と咳払いをし話しを続ける。
「カルちゃん。こんなこと言いたくはないけど、花冠のことを書いた本はいっぱいある。でもね……」
紫苑が話を続けようとするが、それを遮るようならカルが話す。
「わかっています。でも、これが一番正しく伝わる方法なんです」
君は何もわかっていない、そう叫びたいのを何とかか堪え、どうやってそれは無駄だと伝えるべきか悩む。
これまでどれだけの人が花冠の生涯をまとめた本を書いてきたと。
そのどれも中途半端で途中の出来事が殆ど省略され、最後の魔王を倒し世界を救ったところを強調して書かれてあるだけのもの。
そんな話を千年たった今出しても誰も読まない。
そんなこと少し考えればわかることなのに、どうしてこんな簡単のことを人間はわからないのかと頭が痛くなる。
「あのね……」
諦めろと伝えようとしたがカルーナの方が先に話だしたため言えなくなり、しかたなく話を聞く。
「僕は旅に出ます。花冠の成したことを世界中を回って調べます。そして、調べたことを本に書いて出します。そしたら、千年後の世界でも正しいことを知ることができると思うです」
これがカルーナにできる精一杯の恩返し。
未だに魔族や魔物はいて旅に出るなど危険だが、諦めるわけにはいかない。
誰もやらないのだから、絶対に自分がやらなければならない。
紫苑に夢のことを話し改めて絶対に成し遂げてみせると誓う。
「千年前だよ、旅に出たところで知るのは難しいと思うよ」
「はい、わかっています。でも、難しいからといって諦めるのは違います。僕は何年、何十年かかったとしても絶対に諦めません。それに、僕思うんです。千年後の世界で僕のような人間がいるなら、その当時花冠に助けられた人はこの事を後世に伝えようとした人もいるはずだって。どこかに残っているかもしれないって」
できると信じて疑わない目。
真っ直ぐ紫苑をみる。
紫苑はカルーナの目に映る自分があまりに情けなくて、自分がどれだけちっぽけな存在なのか思い出した。
「(ハハッ、まじか……、俺はこの子の本気をわかってなかったんだな……)」
無意識にカルのことを舐めていたのかもしれない。
心の中で謝罪をする。
「旅立つのは明日なんだよね?」
「はい」
また急に話が変わる。
紫苑と話していると何度も急に話が変わるので、今日会ったばかりだというのに慣れた。
「なら、今日中に花を出せるようにしないといけないね」
「はい!」
「ねぇ、カルちゃん。魔法は何のために生まれてきたと思う?」
紫苑の問いにカルは暫く考え込んでからこう言った。
「……希望ですか?」
「うん。俺も魔法は希望によって生まれたと思う。だからね、魔法を使うとき希望を夢に抱いてみたらいいと思う。俺は花を出すとき、いつもある人を想ってるんだ。その人にこの花が届きますようにって。だから、カルちゃんもそうしてみたらどうかな」
紫苑はデイジーの花を出しカルに渡す。
「……希望……やってみます」
カルは最初に花を出そうとしていたときの顔と一変し穏やかな表情で魔法を発動させる。
デイジーの花を両手で持ち祈るようなポーズをする。
暫くするとカルの周りが光り頭の上からクレマチスの花が一輪現れた。
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