第22話 クオン

「(今のはなんだったんだ?)」


文字をなぞり終え光が消えると頭の中に直接話しかけるように声が聞こえた。


「君の願いを叶える。その代わり俺の願いも叶えてくれ」


今にも消えてしまいそうなど切なく苦しそうな男の声だった。


カルーナは自分達以外にも誰かいるのかと思い辺りを見渡すも誰もいない。


一体今のはなんだったんだと首を傾げ考え込んでいると紫苑に「カルちゃん?」と肩に手を置かれる。


「あ、すみません」


「ううん、別にいいけどなにかあった?」


「あ、いえ、ただその男の声が聞こえたんです」


「声?」


紫苑は辺りを見渡し誰もいないことを確認する。


「はい」


「なんて言ってたの?」


「『君の願いを叶える。その代わり俺の願いも叶えてくれ』って、どういうことですかね?」


カルーナが困ったように笑う。


「……もしかしたら、これは召喚魔法の陣なのかも」


「召喚魔法ですか?」


これが、本当に?と疑うように陣をみる。


ピリエスが持っている魔法書で召喚魔法の陣をたくさん見たことがあるが、こんな複雑なのはなかった。


「うん。これは多分召喚される側が召喚者に対してリスクを低くするために予め自分の魔力を使って発動させる陣だよ」


「え、そんなのできるんですか?初めて聞きました」


「俺も噂程度にしか知らないよ。実際に見たのは初めて。でも、本当にこんなことできる、いややろうとする者がいるとは思わなかったけどね」


千年以上生きていて初めて見る陣に子供のように喜ぶ。


「確かに僕も初めて聞きますけど、何故こんなことをするですかね?」


「さあ?それはわからないけど、本人には重要なことがあるんだよ。きっとね」


「そうですね。でも、これって召喚者のリスクを低くするんですよね。なら、僕みたいな魔力の少ない者でもできるってことですか?」


「うん。多分できるよ。これは召喚される側が召喚者を主として認めるかが重要なんだ。一般召喚魔法も基本そうでしょ」


「あ、確かに」


「これはね、強力すぎる力を持っているものが召喚者のリスクを最小限にするためだけのもの。それ以外は全て同じ。ただ違うのは自分一人でやる場合、召喚者は召喚される側より強くないといけないってこと。気に入られさえすれば召喚者は大抵応じるからね」


「なら、わざわざこんな陣を描かなくてもいいのでは?」


「確かにそうだけど、圧倒的な力の差があると呼び出しさえされないからこうしたのかも。わからないけど。それか、それだけ何か叶えて欲しい願いがあるのかもね」


「そうなんですか。なら、この人はその願いをもう叶えたんですかね」


陣や文字が昔に書かれていると一目見てわかる。


だから、流石に誰かがこの魔法陣を使っただろうと思う。


「いや、多分それはないよ。この陣は使われた形跡がないから」


「(形跡がない?そんなの見ただけでわかるのか)」


自分にもわかるかもしれないと少しの希望を抱き陣に顔を近づけ調べる。


「……ん?何か変な音しない?」


「え?変な音ですか?僕には聞こえないですけど」


壁から顔を離し、周囲の音に耳を澄ますも何も聞こえない。


九尾だから耳がいいのかなと呑気なことを思っているとカルーナの耳にも何かが近づいてくる音がはっきりと聞こえた。


「なーんか、すごく嫌な予感がするんだけど……」


紫苑がそう呟いた直後、さっきの魔物が奇声を発して飛びかかってくる。


「(あ、これまずいわ……)」


どうにか策を練ろうと頭を働かせるが後ろは壁で使える術は幻影系のみ。


今幻影を発動させ姿を消しても魔物が壁にぶち当たるのは避けられない。


紫苑とカルーナの足の速さでは逃げるより先に魔物に体当たりされる方が早い。


最悪カルーナが死ぬ。


「ぎゃあああああ、誰か助けて!!」


カルーナが叫んだ瞬間、目を閉じなければ失明してしまうほどの眩しい光が辺り一面を覆う。


「いいよ。君の願いを叶えてあげる」


三歳の少年のような幼い声がカルーナの耳に届くとさっきまでいなかった少年が急に現れる。


「え?」


間抜けな声を発した瞬間、目の前の少年は魔法陣を発動させ炎の魔法を魔物に放つ。


魔物は一言も発することなくチリとなって消えた。


魔物を一瞬で消せるなんて大魔導師クラスなら普通のこと。


だけど目の前にいるのはどう見ても人間の子供にしか見えない。


「君は一体何者?」


人間ではないと頭ではわかっているが、あり得ない光景を目の当たりにして脳がおかしくなり状況を整理できず馬鹿な質問をする。


「俺?俺はクオン」


えっへんと効果音がつきそうなほど堂々と立つ。


そんなクオンを見下ろす形で二人は固まる。


「おい、お前が俺を呼び出した人間だな。名は何と言う」


ずっと固まり続けるカルーナに痺れを切らし指を刺す。


「え?僕が君を?そんなことしてないよ」


首を思いっきり横に振る。


「した。じゃなければ、俺はここにいない。そもそも自分で言っただろ。助けて、って。何で自分って言ったことを忘れる?」


クオンにそう言われて確かにそう言ったのを思い出す。


「(でもそれは、陣に触れたらでしょ。僕あのとき陣になんて……あ!)」


魔物に襲われると思って壁に手をつけたのを思い出す。


カルーナは知らず知らずのうちにクオンを呼び出すための条件を満たしていた。


「お、その顔は思い出したみたいだね。よかった、よかった。これで早速本題に入れるよ」


うんうん、と首を振り子供のような話し方をする。


「(なんだろう。この気持ちは……自分より小さい子供に馬鹿にされているような、変な気持ちになる)」


見た限り本当に人間の子供にしか見えない。


さっき魔物を倒すところを見ているのでそんなことはないとわかってはいる。


わかってはいるのだが、見た目や格好でそう見えてしまう。


クオンはカルーナの膝より少し高いくらいの身長しかなく、黒を強調とした貴族の子供が着るよな服を着ている。


ただ貴族の子供と違うのはマントをしていること。


そのマントにはクオンの花が下の方に並んで五つ描かれてある。


他にも短い髪をクオンの花が描かれている黄色紙紐をしており、その格好のせいで余計に人間の子供のように見える。


「本題とは?」


「その前に名を名乗れ。俺はもう名乗っただろう。次は君達の番だ」


見た目は子供なのに有無を言わせない圧を感じ、二人は素直に名乗ることにする。


「僕はカルーナ・クレマチス」


「俺は紫苑」


「カルーナと紫苑ね。うん、覚えた。ねぇ、一つ紫苑に聞きたいことがあるけどいい?」


「うん、構わないよ」


「君は何者?人間じゃないよね」


紫苑を見てすぐに人間ではないことに気づいた。


「うん、そうだよ。俺は千年以上生きている妖怪、九尾だよ」


「(千年以上……)」


その言葉を聞いた瞬間、クオンの目の色が変わる。


まるで、何かに取り憑かれたように。


「そっか、九尾か。うん、確かにそれなら納得だよ」


「じゃあ、次は俺が聞いていい?君は一体何者だ」


紫苑の問いにクオンは「それは内緒だよ」と子供とは思えないほど怪しい笑みを浮かべる。

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