九尾
第2話 旅立ちの日
僕はこの日の出来事を一生忘れないだろう。
僕達が手も足も出なかった悪魔と魔族達を一人で次々に倒していく。
圧倒的な力。
魔王と同等の力を持つといわれる三銃士を相手にしても焦る様子もない。
三銃士は魔王よりも古くから存在している悪魔だともいわれている。
二人は逃したが一人は倒した。
たった数分で僕の心は奪われてしまった。
この人が千年前、魔王を倒した伝説の大魔導師花冠。
後に最初の神、唯一の神となる人物。
花冠との出会いだった。
「おい、クズ。さっさと金を寄越しな!」
痛い。後どれくらい蹴れば飽きてくれるだろうか。
カルーナは母親のマリスに蹴られながらそんなことを考えていた。
今日は旅に出るとお世話になったピリエスに挨拶をして町を出たのに、何故か家に連れ戻された。
マリスが帰ってくるのはまだ先だと思っていたのに。
一世一代の決断をして旅に出たはずなのに、実の母親のせいで全て終わってしまった。
結局自分は何をしようとしても無駄なのだと諦めてしまう。
父親でないだけマシかと暴力をふるわれることに慣れすぎて、感覚がおかしくなっていた。
「おい、聞いてんのかクズ。金だよ、金。さっさと出しな」
カルーナのお腹を思いっきり蹴る。
「マーリース、まだか〜」
カルーナが蹴られているのを黙って見ていたマリスの現在の恋人、フレルトが甘えるような声で話しかける。
「ごめんね〜、フレルト。もう少しだけ待ってね。すぐもらうから」
「わかったよ。でも、なるべく早くしてくれよ」
抱きついてきたマリスとイチャつきはじめる。
カルーナはその光景を見たくなくて目を逸らす。
「(クソが、何でよりによって今日帰ってくるんだ!どれだけ僕の邪魔をすれば気が済むんだ!今までどれだけ金を貸したと思ってるんだ!!いい加減にしてくれよ!もう自由にしてくれよ…………誰でもいいから助けてくれ……)」
今までだって何度も誰かに助けを求めだが、誰も助けてはくれなかった。
カルーナが両親から暴力を受けていると町の人達は知っていたのに……。
今回もそうだろうと折角貯めたお金も全部取られると諦めかけていたとき、物凄い風が吹き玄関の扉が壊れ勢いよく壁にめり込む。
あり得ない光景を目にした三人は一瞬何が起きたのか理解できず固まってしまう。
「(……え、なんだ……今のは、一体……)」
視線を外へと向けると真っ白の髪をした男がズカズカと中に入ってきた。
「カルちゃん、迎えにきたよ」
男はこの場に似つかわしくない声で、誰もを魅了する美しい笑みを浮かべる。
「……え、あなたは昨日の……どうしてここに……」
何でこの人がここに?
扉を壁にめり込ませたのはこの人なのか?
いや、それより今迎えにきたと言わなかったか?
本当に今何が起きているのか全くわからずカルーナは頭がパンクしそうになる。
「どうしてって、一緒に旅しようと思って」
ほら立って、とカルーナに手を伸ばすも、カルーナ自身はその手を取っていいのか悩む。
昨日会ったばかりで名前しか知らないのにこの人のことを信用していいのか?
でも、話した感じ悪い人だとも思えなかった。
男の優しい笑みが昨日と全く同じで信用してもいいかと思ってしまう。
つくづく自分は馬鹿な人間だなと笑いそうになる。
でも、両親よりはいい。
これまでの両親と過ごした十九年間より、たった一日一緒に過ごした男といた方が何百万倍も
幸せだった。
昨日のことを思い出して、つい頬が緩む。
「今日もいい天気だな」
カルーナは空を見上げボーッとしていた。
この町も明日には旅立つからとゆっくり過ごしていた。
両親の借金のせいで小さな頃から働かされていた為、ボーッと空を眺めるなんて生まれて初めてのことだった。
明日はようやく旅に出る。
絶対に叶わないと諦めていた夢を実現できる。
それが嬉しくて今ならなんでもできる気さえしてくる。
そんな幸せな未来を想像していると、どこからか助けを求める声が聞こえてきた。
最初は気のせいかもと思ったが「誰か助けてー」と若い男の声が聞こえた。
カルは男の声が聞こえた方に慎重に向かう。
本当に助けを求めているのか、魔物が襲うためにわざと困っているフリをしているか、判断がつかないからだ。
もし、魔物だったら急いで逃げないとカルの魔力では殺されてしまう。
恐怖はあったが、勇気を振り絞ってその場まで行くとにした。
「おーい、誰かいない?」
男の声がさっきよりも大きくなり急いで木の後ろに隠れる。
カルは少し顔を出して男の方を見る。
少し距離があるので何をしているのか状況を把握するのに少し時間がかかったが、男の足元を見て膝から下がなくなっていたので直ぐに底なし沼にハマって抜け出せなくなったのだわかった。
魔物の可能性も捨て切れないが、こんな間抜けなことをわざとするな生き物ではない。
顔を見たらわかるかもしれないが、カルーナのいる場所からは後ろ姿しか見えない。
それに、男のいる場所は少し暗くて首から上がよく見えない。
顔が見えない以上、魔物かの判断もつかない。
可能性は限りなく低いと思うが魔族の可能性も捨て切れない。
カルが悩んでいるとまた男が「誰かいませんかー、本当すみません、助けてください」と大声を出す。
このまま気づいていないフリをしてこの場を去るか、それとも一か八かの賭けに出て男を助けるか、悩んでいるとこの前ピリエスが言っていた言葉がふと思い出す。
『結局何をするにも、何を選ぶのも自分次第。どっちを選んでも後悔するのなら今選んで後悔しない方を選んだらいい。君の選択は君だけの責任。誰も保証してはくれない。好きに生きるのが一番だ』
何故この言葉が急に頭に浮かんできたのかはわからないが、この言葉のお陰で決心できた。
カルーナは男を助けることにした。
男が人間か魔物か、あるいはそれ以外かはわからない。
でも、もし本当に困っていたら?
恐怖で体が震えが男に近づいていく。
明日はようやく旅立てるのに、もしかしたら死ぬかもしれない。
それでも、旅立つ前に一回だけでも誰かを助けてから旅立ちたかった。
この町での生活はカルーナにとって地獄で唯一森で出会ったピリエスから大魔導師花冠の話を聞くことだけが幸せで生きる希望だった。
誰も助けなかったし、誰にも助けられなかった。
町の人達のことは死ぬほど嫌いだし、ずっとこの町から逃げたかったが、最後くらいいいことをして気分良く去りたいと思った。
自分勝手な考えだが、人間とはそういう生き物だと言い聞かせ男に声をかける。
「大丈夫ですか?」
カルーナが声をかけると男が振り向いだのがわかる。
暗くてカルーナからは見えないが視線を痛いほど感じた。
「んー、大丈夫じょないかな。悪いんだけど、引っ張ってくれる?」
男が手を伸ばす。
カルーナは一瞬魔族だったらどうしようかと思ったが、自分の直感を信じて男の手をとる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます