第25話 苛立ち


「それじゃ改めて。カノンさんは、どういう目的で来たんですか」


 カウンターで立ったままコーヒーを口にし、雅司が聞いた。


「……あなたみたいな人間もいるのですね。本当に面白い」


「いやいや、さっきから面白い面白いって連呼してますけど、俺、別にお笑いを目指してる訳ではないんで」


「ふふっ、本当に面白い」


「また……まあいいです。それで? 天使のあんたが来た理由、聞かせてもらえますか」


「そうですね。あなたもですが、お二人もそろそろ限界のようですし」


 そう言って微笑む。確かに二人共、表情がかなり強張っていた。

 やはり二人にとって、カノンという存在は重いのだろうか。

 いや、カノンと言うより、天使と言うべきか。


「ノゾミさんと契約して、半月になりますね」


「そうですね。9月の終わり頃でしたから」


「頃、と言うことは、きちんと覚えてる訳ではないのですね」


「ええ。記念日とかを覚えるの、昔から苦手ですので」


「ふふっ、正直ですね。でも雅司さん。女性とお付き合いするのであれば、そういうことはきちんと覚えておくべきですよ」


「そうですか」


「この半月、私なりに観察させていただいてました。何しろあなたほどの魂の輝き、そうそう出会えませんから」


「褒められてるとは思いませんが、それはどうも。それで?」


「ノゾミさんとの契約内容は、彼女があなたを愛すること。そうですね」


「ええ」


「ですが未だに、彼女の心は定まってません」


 その言葉に、ノゾミが唇を噛んだ。


「そもそもの話として伺いたいのですが、雅司さん。あなたはどうして、そんな願いを出したのですか?」


「二人にも聞かれましたが、自分でもよく分かってないんです。その時のノリと言うか、咄嗟に出た願望と言うか」


「魂を差し出す代償です。思い付きとは思えませんが」


「そんなことはないでしょう。現に俺は、その前に缶コーヒーを奢ってくれと言いました。俺の価値なんて、そんな物ですから」


「そうでしたね、ふふっ……ごめんなさい、あの時のことを思い出して」


「見てたんですね」


「ええ。私も随分と人間を観察してきましたが、あなたの様な人は初めてでした。報告したら、天界でも大盛り上がりでしたよ」


「天界を笑わせることが出来たんですか。それはそれは光栄なことで」





 カノンという女に対して、警戒心が全く解けない。

 慈愛に満ちた眼差しを向ける天使。彼女には、全てを委ねたくなるようなオーラがあった。

 しかしそれでも、雅司は信じる気になれなかった。


 人形みたいなやつだ。全ての感情を隠し、人間が信頼を寄せる為に必要な表情、仕草、言葉で惑わせてくる。

 機械的に。無機質に。


 底の見えない女。

 全く。こいつこそが本当、悪魔なんじゃないか。


「あなたの願望、それは魂の叫びです。ノゾミさんはそれを受け入れ、契約した。そのことに口を挟むつもりはありません。それが世界のことわりですから。

 契約に期限もありませんし、半月経ったからどうとか、言うつもりもありません」


「だったら何を」


「あなたの願望、そのものに興味があるんです」


「どういうことでしょう」


「人から愛されたい。愛されたことがないから……絶望に侵されたあなたの魂が、唯一求めた願いです。あなたの半生を振り返れば、その願いは至極真っ当な物と言えます」


「……」


「ですがその奥、もっと深い所に眠るあなたの願い。それに興味があるのです」


「意味深な物言いも不快です。はっきり言って下さい」


「あなたは人生に、世界に絶望などしていない。生きることを望んでる」


 鋭い眼光が雅司を貫く。


「どうです? そうは思いませんか」


 再び穏やかな笑みを浮かべる。


「……何が言いたいのか、よく分かりません」


「では、もう少し踏み込んでみましょう。あなたは幸せになることを望んでいる。そう、ノゾミさんと共に」


 その言葉に、ノゾミが体をビクリとさせた。メイがノゾミの手を握る。


「俺のこと、と言うか人間のこと、よく観察してるようですね。心をこじ開け、本質を理解する。それも天使の特性なんですか」


「ふふっ、そういうのを使うまでもありません。あなたは一見、つかみどころがないように見えます。ですが私からすれば、至極人間らしい、単純な思考の持ち主です」


「やっぱりあんた、不快だよ」


 カップを置き、雅司が大きく息を吐いた。



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