エピローグ

第43話 夢の続き


「相変わらず忙しそうだな、ノゾミ」


 魔界に赴いたメイが、山積みの書類に囲まれたノゾミに声をかける。


「久しぶりね、メイ。今日はどうしたの」


「どうしたのとはご挨拶だな。私が出向くしかなかろうに」


「ほんとごめんね。毎日バタバタしてて」


「まあ、それも仕方あるまい。今のお前は、名実ともに魔界の幹部様なのだからな」


「からかわないでよ」


「何を照れておるか。おかげでこっちは暇三昧なんだぞ」


「悪かったって、何度も謝ったじゃない。あれからもう何十年も経つんだし、いい加減許してよ」


「駄目だな、まだまだ償いが足りん。と言うか、まずは私を敬うところから始めるべきではないのか」


「いつも敬ってるじゃない。大事な妹なんだし」


「あ・ね・だ!」


「ふふっ」


「それでどうだ。今日も遅くなりそうか」


「ごめんなさい。今日はこれから、新人との顔合わせがあって」


「そうか。ついにお前にも、部下が出来るのだな。流石は幹部様だ」


「だからごめん、ちょっと遅くなると思うの。部屋で待っててくれるかな」


「酒はあるな」


「好きにしていいわよ。でもあんまり飲み過ぎないようにね。泥酔してたら追い出すから」


「ほどほどには自重しよう」


「でも久しぶりだし、私も色々話したいわ。なるべく早く戻るから」


「ああ。待ってるぞ」


 手を振りながら、ノゾミの部屋へと向かうメイ。ノゾミもまた、メイの背中に手を振り、嬉しそうに笑った。





 新人が待機してる部屋の前で、ノゾミが大きく深呼吸する。


 これまで悪魔として、数々の契約を成し遂げてきた。母の名誉回復を願い、自身の悪魔としての立場を守る為、がむしゃらに走り続けた。


 そして雅司との契約。生まれて初めて、心から愛したひと

 彼の苦悩を知り、絶望に触れ。魂を手に入れた。

 苦しみ、傷ついた。何もかも捨てて、雅司との未来を選びたいと何度も泣いた。

 しかし自分は雅司より、悪魔としての責務を選択した。

 非情な決断。しかし彼女は、雅司の言葉に救われた。


「契約を果たすってことは、俺の魂を救済することでもあるんだ。後で俺の魂、よく観察してくれ。きっと、幸せに満ちているよ」


 彼の言葉通り、雅司の魂の価値は想像以上のものだった。これから百年、魂を収集しなくても問題ないほどに、魔界は潤った。


 そしてそれは、ノゾミの悪魔としての立場を確固たるものとした。

 あれ以来、彼女に後ろ指を差す者はいなくなった。いる筈もなかった。

 ここ数百年の魔族の功績を塗り替えた功労者として、賞賛の眼差しを受ける存在になったのだ。


 そして今。更なる高みを目指し、後進育成と言う任務を任されたのだった。





「全部あなたのおかげよ」


 雅司がくれたペンダントを握り締め、微笑む。


「私たちはずっと一緒。あなたの絶望と希望、全てが私の中にある。これからも私のこと、見守ってね」


 表情を引き締め、扉を開ける。


「あなたの教育係に任命された、ノゾミです。これからよろしくお願いします」


 ノゾミがそう言うと、部下は立ち上がり、最敬礼で応えた。


「ご指導のほど、よろしくお願いします!」


 男だった。声から緊張が伺える。


「そんなに緊張しなくていいわよ。顔を上げてください。名前、教えてもらえますか」


 ノゾミの言葉にほっと息を吐き、男が顔を上げる。


「マサシ。マサシと言います」


 緊張した面持ちでそう言った男。

 それはこの数十年、片時も忘れなかった男の顔だった。


「え……ま、雅司……?」


「はい、マサシです。どうかよろしくお願いします」


 そう言って、ぎこちない笑みを向けた。

 言葉の調子、雰囲気。それは明らかに違う。

 それでも雅司と瓜二つの彼を前に、ノゾミは動揺した。



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