第39話 メイ


「メイ、大丈夫か?」


 いい感じに酔いが回っているメイに、雅司が声をかける。


「この程度で酔うものか。それより雅司、暑くてかなわんのだ。脱ぐのを手伝ってくれ」


「いやいや、それ、十分酔ってるから」


「そういうお前こそ、酒が進んでおらんではないか。折角のうたげだと言うのに、もっと飲まんか」


 そう言って雅司に抱きつく。


「ふふふっ……雅司は本当にいい匂いだな」


「メイったら、ほんとご機嫌ね」


 そう言ってノゾミが微笑む。


「今何時だ……って、そろそろ日付が変わるのか。と言うことは、かれこれ5時間以上騒いでたのか」


「でも楽しかったわ」


 ノゾミの言葉に雅司もうなずく。


「そうだな。こんなに騒いだの、俺も久しぶりだ」


「ほらメイ。こんなところで寝たら、風邪ひくわよ」


「……うるさい……もう少し、このままでいさせろ……」


「はいはい、分かりました」


 メイの頭を優しく撫で、もう一度微笑む。


「いいパーティーになったわね」


「ありがとな、ノゾミ」


「私こそ。こんな楽しいパーティー、初めてだったわ」


「そうか。ならよかった」


「私も少し酔ったみたい。ちょっと外で涼んでくるけど、いいかな」


「戻って来るのか?」




 その言葉に目を伏せる。




「……あなたってば本当、なんでこんな時まで空気を読むのよ……察してる癖に、何も聞かないし……」


「性分なんでな」


「……そうね、そうだった。ふふっ」


 ゆっくりと立ち上がり、玄関に向かう。


「メイのこと、お願いね」


「任せろ」


「メイ、ほどほどにね」


 メイが無言でうなずく。


「じゃあね、雅司」


「ああ」


 振り返り、リビングを見回す。




 この3か月を思い返し。

 雅司と共に過ごした空間を、名残惜しそうに見つめる。




 そして小さく息を吐き。静かに玄関へと向かった。


「……」


 扉が閉まると、部屋が妙に広く感じた。

 しばらく玄関を見つめていた雅司は、やがて唇を歪め、自虐気味に笑った。


 いいうたげだった。

 そう思いながら。





「メイ。本当に大丈夫か」


 しがみつくメイの頭を撫で、雅司が囁く。


「ああ……問題ない……」


「楽しかったよ。ありがとな」


「私もだ。こんな楽しいうたげなら、毎日したいものだ」


「パーティーもなんだが、今までもな」


「……馬鹿者が」


 雅司の服を握り、肩を震わせる。


「契約のおかげで、こんなに幸せな時間を過ごすことが出来た。ノゾミには本当、感謝してる。でも……お前が来てくれたことで、俺はもっと幸せになれた」


「……」


「それにお前は、俺のことを大切だと言ってくれた。好きだと言ってくれた。嬉しかったよ」


「振っておいて、今更その妄言はどうなのだ」


「それもそうだな。ははっ」


「……契約がどうだの、死神としての責務がどうだの……お前の価値にしてもそうだ。私には関係のないことだった。

 私はずっと、お前を見てきて」


「ストーキングだろ?」


「黙って聞け」


「ははっ、すまん」


「お前を観察して……私はお前のことを、一個の存在として意識した。お前の生き様、考え方、行動に魅了された」


「ありがとう」


「お前と共に過ごした時間は、未来永劫色褪せることのない宝だ」


「俺もだ」


「ずっと続いてほしい……そう思っていた。願っていた。だが……そろそろ終わりのようだ」


「終わりがあるからこそ、俺たちは一瞬一瞬を大切に生きるんだ。確かに別れは辛い。でもそれも、いつかいい思い出に変わるさ」


 涙に濡れた瞳で。

 雅司を見つめる。


 やがて微笑み、そっと唇を重ねた。


「……」


 雅司も受け入れ、メイを抱き締めた。


 メイの頬に涙が伝う。

 生まれて初めての想い。

 そして、生まれて初めての失恋。


 永遠の別離わかれ


 雅司を抱き締めて。

 唇を重ねたまま。

 メイは囁いた。





「愛してる……」



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