第20話 エアーホッケー


「いやあ、堪能したぞ」


 そう言って、メイが無邪気に笑う。そこだけ切り取れば、本当に子供みたいだと思った。

 口が裂けても言えないが。





 三人は早めの昼食を済ませ、ゲームコーナーへと入っていった。

 中には、街のゲームセンターでは見ることのない、レトロなゲームがあちこちに置かれていた。


「雅司はこういうのが好きなの?」


「そういう訳でもないんだけどな。でも、出来ればお前たちとしたいゲームがあるんだ」


 そう言って雅司が向かったのは、エアーホッケーだった。


「これって」


「基本、二人でするゲームだ。子供の頃、他のやつらがしてるのを見ててな、自分もやってみたいと思ってたんだ」


 嬉しそうにマレットを取り、向かい側に立つ。


「そっちは二人がかりでいいぞ。これでそこの弾、パックを打つんだ。で、相手側のこの場所に入れたら得点になる。簡単だろ?」


 コインを入れると、卓上にエアーが吹き出してきた。


「じゃあ……いくぞ!」


 雅司が力強く打つと、勢いよくパックが向かってきた。ノゾミとメイが慌てて対応するが、あっと言う間にゴールに入っていった。


「やった! 人生初ゴール!」


 雅司がそう言って腕を上げる。


「おのれ雅司……貴様、そんなに私を本気にさせたいか」


 メイがそう言ってパックを打つ。

 パックがサイドに当たりながら、卓上を縦横無尽に駆け抜ける。

 三人は笑いながら、「どうだ!」「なんの!」と声を上げ、何度も何度も打ち返すのだった。





「結局、ジェットコースターとエアーホッケーだけだったな」


 ベンチに座ったメイが、そう言ってクレープを頬張る。


「でも楽しかったよ」


「だな」


「メイも楽しめたか?」


「ああ、満足だ」


 頬を染め、満足そうにうなずく。


「ノゾミと一緒に、トイレに行かなくてよかったのか」


「そういうことを聞くんじゃない。デリカシーに欠けるぞ」


「全くだ、ははっ」


「本当だぞ、お前」


 そう言って笑顔を向ける。


「ゲームの時のお前は、本当に楽しそうだった」


 メイの言葉に、雅司が照れくさそうにうなずく。


「子供の頃から、ずっとやりたかったゲームなんだ。家族で遊びに行った時とか、よく妹を誘った。でも妹は、『お兄ちゃんとなんかしたくない! お父さんとお母さんがいい!』って言ってな、いつも俺は見てるだけだった」


「……」


 雅司の魂に触れたメイは、当然そのことを知っていた。

 魂に深く刺さった、絶望の欠片。

 だからこそエアーホッケーの時、必要以上にはしゃいだ。

 あの絶望を、幸せな記憶に塗り替えてやりたい、そう思いながら。


「本当に楽しそうだった。何度か親父に頼んだんだが、『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』って言われてな。流石にそれを言われたら、諦めるしかなかった」


「そういう話を軽く言うんじゃない」


「軽く言うしかないだろ。重苦しい調子で言ったら、空気がおかしくなっちまう」


「……」


「いつか友達を作って一緒にしたい、ずっとそう思ってた。まあ、作れなかった訳だが」


「他人に心を開くことが出来ない、か……不便なものだな。ならどうして、私たちを誘ったのだ」


「お前たちは……何て言うか、今更だろ? 格好つけても仕方ないからな」


「初めて心を開いたのが、悪魔と死神という訳か。お前らしい」


「ははっ」


「楽しかったのならいい」


「ああ。これで人生が終わったとしても、俺は満足だ」


「……」


 こんなゲームひとつで、お前の人生は満たされたと言うのか。

 メイは心をえぐられたような気がした。


「雅司。私はお前のことを、ノゾミより深く理解している」


「半年以上、ストーカーしてたんだからな」


「黙って聞け。それでだな、実は……お前に謝らなければいけないことがあるのだ。ノゾミからも、そう強く言われてる」


「何だ今更」


「私は、お前の魂に触れたのだ」


「……触れるとどうなる」


「お前の過去の記憶、感情。その全てを見ることが出来る」


「俺の全てを見たってことか」


「ああ。すまない」


「まあ……嬉しくはないが、謝る必要もないだろう。俺の魂を刈りに来たんだ。そういう手順を踏むのも理解出来る」


「そういうところだよ、雅司。そんなお前だから、私は」


 そう言って、雅司を抱き締めた。


「……メイ?」


「そんなお前に、私は惚れたのだ」


「……」


 メイからの、突然の告白。

 想定外のことに、雅司は動揺した。


「……こんな俺にか」


「こんな、か……お前たち人間は、よくその言葉を使うな。私には理解出来ないが……まあいい。そうだ、そんなお前に私は惚れた」


 頬を染め、うつむきながらそう囁く。


「ありがとな、メイ」


「なぜお前が礼を言う」


「そりゃそうだろ。今の言葉にどういう意図があるのか、俺には分からない。それでも、俺を認めてくれたことが嬉しいんだ」


「本当、おかしなやつだ」


「自覚はしてるよ」


「たちが悪いな」


「ははっ、違いない」


「お前はノゾミと契約した。契約達成の条件は、ノゾミがお前を愛することだ」


「ああ」


「あの時のやり取り、ずっと見ていた。私も長くこの任務に就いているが、あんな願いは初めて聞いた」


「だろうな」


「だが、お前の口から出た言葉だ。命を賭して願った言葉、魂の叫びだ」


「あの時は、そこまで深く考えてなかったよ」


「それでも魂が望まなければ、その願いは出なかった筈だ。雅司、お前は愛されることを望んでいる」


「……」


「あの時、お前の目の前にいたのはノゾミだ。だからお前はやつに託した。言ってみれば、別の者でもよかった筈だ」


「……そうかもな」


「で、だ。今はどうだ? ノゾミではないが、私がお前を愛していると言った。お前の望み、叶ったことにはならないのか?」


「それは……」


 メイの言葉に、雅司が困惑の表情を浮かべた。



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