第32話 限りあればこそ
「魔界に行った私は、下等な血が混ざった存在として見下された。何より私は、裏切り者の子供。そんな私を受け入れる悪魔なんて、一人もいなかった。
ただ彼らは、天使であるカノンの決定に逆らえない。その一点で私を保護したの。孤独だった、辛かった。
そんな時だったわ、メイと出会ったのは。メイは出自に関係なく、私と向き合ってくれた。カノンも、時間を見つけては会いに来てくれて……両親を失い、同族からも忌み嫌われていた私だけど、二人のおかげで頑張ろうって思えた。私にとって大切な、本当に大切な友達よ」
「いい出会いがあってよかったな」
そう言って頭を撫でると、ノゾミは照れくさそうに微笑んだ。
「私は決意した。二人の思いに報いる為にも、立派な悪魔になってやるって」
「ノゾミらしいな」
「悪魔としてのお母さんのことは、正直今も、よく思っていない。でもやっぱり、私はお母さんのことが好き。お母さんの為にも頑張ろうって思った。
成果が刻まれるにつれて、私を悪く言う悪魔はいなくなっていった。実績が全ての魔界で、それ以上のものはなかったから。
そして私は、魔界一の実績を勝ち取ることが出来たの」
「お前がどれだけ頑張って来たか。俺が言うのもおこがましいが、分かる気がするよ」
「でもね、表だって攻める悪魔はいないけど、みんな心の底では思ってるの。所詮あいつは半分人間、裏切り者の娘だって」
「そういうところは、人間社会と似てるな」
「だから私は、これからも走り続ける。私が認められれば、きっとお母さんの名誉だって回復出来る、そう信じてる」
「そうか」
カノンの前で見た、ノゾミの動揺。その理由がはっきりと分かった。
「カノンが言ったでしょ? 私が人間になることで、あなたと結ばれるって」
「ああ」
「もしそうすれば、これまで私がしてきたこと、全てが無駄になってしまう。裏切り者の子供は裏切り者、そういう中傷、聞かなくても分かるでしょ」
「だな」
「もし私が普通の悪魔だったなら。ひょっとしたらカノンの言葉、考えていたかもしれない。でも……ごめんなさい、その選択は出来ないの」
「分かってるさ」
そう言ってもう一度、ノゾミの頭を撫でた。
「あの選択はないよ。俺だってそうだ」
「そうなの?」
「俺も男だ。一度交わした約束をなかったことに、そんなみっともない真似したくないからな」
「でもあなた、私のことが好きなのよね」
「っておい! そこで現実に戻すなよ。それはそれ、これはこれだろ?」
「まあ、そうなんだけどね、ふふっ」
「ははっ」
「本当、あなたって変わってる」
「何を今更」
「だってそうじゃない。カノンが言った通りなら、あなたは以前より死を望んでいない。生きることに希望を見出している」
「否定はしない。でもそれは、限りある命……ゴールが見えてる命だからこそ、感じているのかもしれない」
「どういうこと?」
「仮に今、契約が反故になったとして。それでも俺が、今の幸せを感じれるかどうかは分からない。人間ってのは、終わりがあるからこそ頑張れる生き物だからな」
「悠久の時を生きる私たちには、きっと理解出来ない考えね」
「だからまあ、色々あったけど気にするな。お前は今まで通り、契約の為に頑張る。それでいいんだよ」
「あなたを愛するってことよね」
「俺の気持ちが丸裸にされちまったんだ、照れくさいがな。とにかく頑張って、俺のことを好きになってくれ」
そう言って、雅司が微笑んだ。
その笑顔に、ノゾミの胸が熱くなる。
「どうした?」
「な、なんでもないわ。それよりほら、そろそろ戻りましょう。こんな寒空にいたら風邪をひくわ。メイのことも気になるし」
「おっとそうだ、忘れてた」
「ふふっ、酷い」
「じゃあ帰るか」
「雅司」
「ん?」
立ち上がった雅司を、もう一度ノゾミが抱き締めた。
「……お母さんの話なんて、メイ以外にしたことがなかった。まさか人間に話す日が来るだなんて……でも、話せてよかったわ」
「俺も聞けてよかったよ。ますますお前のこと、好きになりそうだ」
「またそういう軽口を」
「ははっ。行くぞ」
自然と二人、手を握り合っていた。
互いの温もりが伝わってくる。
その温もりに安堵し、微笑み合った。
「……」
思えばあの日から、雅司のことを考える時間が多くなった。
お母さんのことよりも、だ。
そう思い微笑む。
あれからもう、2か月が過ぎた。
もうすぐクリスマス。街は
雅司と過ごすクリスマス。そう思うと、胸が熱くなるのが分かった。
玄関を開ける音。雅司が帰ってきた。
雅司。
早く顔が見たい。
どんな一日だったのか聞きたい。聞いて欲しい。
ノゾミは立ち上がり、玄関へと走っていった。
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