第31話 ノゾミ


「私、ハーフなの」


「え……」


 どんな話でも、驚かないつもりだった。

 これは地雷なんだ、そう思っていた。

 だから覚悟していた。

 しかし、余りにも想定外な告白に、雅司は思わず声を漏らした。




 これは聞いてもいい話なのか?




「ハーフってのは、つまりその……どういうことだ?」


 声が上ずっていた。


「言葉の通りよ。私には悪魔と人間、両方の血が流れているの」


「……」


「私のお母さんは魔族。優秀な人だったそうよ。数多くの人間と契約し、魔界に魂を送り続けていた。でもある契約の時、出会ってしまったの」


「……お前の父親か」


「ええ。どこにでもいる普通の人。でもその人は……あなたと同じね。世界に絶望していた」


「……」


「そんなお父さんと契約した。内容は教えてくれなかったけどね。でも、その契約を果たしていく中で、二人は恋に堕ちていったの」


 悪魔と人間の恋物語。馬鹿げてる、そう思った。

 そしてその言葉を、そのまま自分にぶつけたくなった。


 今の俺と同じじゃないか。





「でも勿論、結ばれることはない。悪魔と人間、種族も寿命も違うから」


「……だろうな」


「そこにカノンが現れた」


 そういうことか。話が繋がった、そう思った。


「さっきと同じ提案をした。そしてお母さんは……悪魔であることを捨てた」


「……」


「当然ながら、魔界は大騒ぎ。だってそうでしょ? 崇高なる悪魔が人間に堕ちるだなんて、前例がなかったから」


「そこに至るまでに、とんでもない葛藤があっただろうな」


「どうだろう。今となっては分からない。お母さんの決意の意味も、私は知らない。

 と言うか、考えたくなかった。裏切り者とさげすまされ、ちっぽけな存在へと堕ちていったお母さんの気持ちなんて、理解したくなかった」


「そんな言い方ないと思うぞ。お前の母さんだって、きっといっぱい悩んだ筈だ。そして勇気があった」


「そうなのかな。どうなんだろう……そして二人の間に生まれたのが私。悪魔と人間、両方の資質を持った奇異な存在。でも勿論、そんなこと知らなかった。お父さんもお母さんも優しくて、私は人として幸せに育っていった」


「お前の出自、両親は黙ってたんだな」


「でもある日、それは突然訪れた。私たちの村に、疫病が蔓延して……みんな倒れていった。友達も、優しかったおばさんも、神父様も……

 その頃の世界は医学も発達してなくてね、正直お手上げだった。これ以上疫病が広がることを恐れた領主様は、村を隔離することを決めた」


「……」


「全ての流通が止められ、村には死が宣告された。私たちは生きる為、必死に日々を戦った。病人が出た家を焼き、まだ感染してない人たちを教会に住まわせて……そうしている内に、私たちも感染したの」


「親御さんもか」


「ええ。それからは、ただ死を待つだけの日々だった。栄養も満足に取れず、水だって一日に一度しか提供されなかった。当然よね。病人よりも、まだ感染してない人の方が大切なんだから」


「すまん……どう言えばいいのか、言葉が見つからない」


「そんな中、私は自分がどういう存在なのかを知った。お母さんが悪魔だったこと、それを捨ててお父さんと生きることを選んだこと。そして……後悔してないってことを聞いた」


「お前の母さんは、そんな状況になっても後悔しなかったんだな。強い人だ」


「そして死を覚悟したその時……再びカノンが現れた」


「それが初めての出会いだったのか」


「ええ。人として生きてきた私は、生まれて初めて天使と出会った。彼女は本当に神々しくて……このまま死んでもいいとさえ思ったわ」


 聖書にでもありそうな話だな。そう思った。


「カノンはお母さんに聞いた。このまま運命を受け入れるのかって。

 お母さんは言った。『これは私の選択、後悔はありません。彼と出会い、共に過ごし、愛の結晶を授かったこと、天使様に感謝しています。ただ、もし叶うのなら、この子を守ってほしい』って」


 ノゾミが微笑む。


「カノンはその願いを聞き入れた。あの時の私には、二人が何の話をしてるのか理解出来なかった。ただ、お母さんが私を抱き締めて……キスしてくれたのが嬉しかった」


「それでお前は、カノンと共に」


「ええ。魔界へと連れていかれた。お母さんと離れるのが嫌でね、随分泣いたわ」


「……」





 人間と悪魔の間に生まれたノゾミ。

 彼女はその後、どんな人生を歩んで来たのだろうか。


 人であり悪魔。そして、人でも悪魔でもない存在。

 彼女が背負っている十字架の重さ。それはきっと、自分には想像もつかないもの。そう思った。



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