第41話 辿り着いた答え


「山本さんの件」


 語りだす雅司。

 ノゾミは真っ直ぐ、雅司の瞳を見つめた。


「正直に言うとな、俺は結論に辿り着いている。それが正しいのか間違ってるのか、それは分からないけどな」


「……そうなんだ」


「ああ。そしてこの問いは、人間には解けないと言うことにも気付けた。これはきっと、神の領域なんだと思う」


「……聞かせてもらっても、いいかな」


「人間は長命になった。科学の力で、死ぬ筈だった命まで救えるようになった」


「そうね。ことわりに沿って答えるなら、元来人間の寿命は40年ほどだから」


「この世界の命は全て、その摂理によって生かされている。それぞれが与えられた寿命の中で子孫を残し、倒れ、次の命の糧となる。そうしてこれまで、種を存続させてきた。そういう意味では、俺たちがしていることは、摂理への反逆と言っていいのかもしれない。

 だがこの世界には、バランスを取るという力が存在してる。長命になった人間に対しても、それは適用された。俺たちの言葉で言うなら、少子高齢化だ」


 人の身でありながら、神の意志に近付こうとしている雅司の言葉。一言も聞き逃すまいと思った。


「光があれば、そこに必ず闇が存在する。それがまあ、俺の職場な訳だが……だから俺は考えた。どうして神は、こんな宿命を人間に背負わせたのかと。でもそれは、言いがかりじゃないかと思うようになった」


「……」


「摂理に反したのは人間だ。本来あるべき摂理を壊して、欲望のままに突き進んだ結果がこれなんだ。そしてそれは、人間が神から離れていく分水嶺ぶんすいれいになった」


「あなたって本当、面白いことを考えるのね」


「自らを全能と錯覚し、おごった結果がこれなんだ。神が示したレールかられたのは、俺たち人間の方なんだ」


「じゃあ雅司は、山本さんたちのことも自業自得、神の罰だと思ってるの?」


「いや……もしそうなら、こんな腐りきった世界、神が放置しておくとは思えない。ノアの箱舟じゃないけど、神の罰と言うのなら、俺たちはとっくの昔に滅ぼされていた筈だ。リセットされていた筈だ」


「じゃあ雅司は、どんな答えに辿り着いたの?」


「命……魂と言うべきか。それを現世に限って考えるから、無理があったんだ」


 そう言って笑った雅司。

 その瞳には、一点の曇りもなかった。


「現世だけで考える、それが人間だ。そりゃあ、色んな宗教が色んな説を唱えてる。でもそれは、全て仮説にすぎない。なぜなら誰一人、死んでから戻って来たやつがいないからだ。言ってみれば人間は、現世しか感じることの出来ない種族なんだ」


「死後の世界があることを、認識出来ないってことかしら」


「頭では理解していても、魂で理解出来ていない。ただの馬鹿だな」


「何それ、ふふっ……ひどい言いようね」


「死んだらどうなるかなんて、誰にも分からないからな。俺自身も、そういう思考に陥っていた。だからカノンにも言った。『どうしてこんな結末を用意したんだ? 神は俺たちをもてあそんでいるのか?』ってな」


 どこまでも深い探求心。ノゾミが感嘆のため息を吐く。


「でも違った。違うんだ。現世だけで考えるのではなく、今生きているこの時間は、魂にとってはただの通過点でしかないことを理解するべきなんだ。現世の終わりは即ち、来世の始まりだ。それに気付いた時、悩み苦しむこの瞬間にも、意味があるんだと思えるようになった」


「……あなたって、本当にすごい。山本さんが亡くなってから、いえ、違うわね。死を望み、決断して、そして私たちと出会って……このわずかな期間で、それだけのことを考えてたんだ。そしてあなたは、答えに辿り着いた」


「あってるのかな、俺の仮説は」


「……ごめんなさい。私からは答えられない」


「そうだよな。今から消える存在とは言え、俺は下等な人間だからな」


「そうじゃないの。そうじゃなくてね……理解出来ないことだから。根源、真理は、言葉だけでは説明出来ないの。言葉には限界があって……でも人は、言葉でしか理解出来ない種族だから。

 それにもし、人の身で真理に触れてしまったら。その瞬間、存在自体が消し飛んでしまう。とても受け止めきれるものじゃないから」


「それは残念だ」


「でも雅司が言ったこと、私はそれでいいと思う」


「そうなのか?」


「ええ。雅司が辿り着いた答え。私はそれを尊重したい。評価したい」


「魔族のエリート様に褒められるとは、光栄だよ。ありがとう」


 見つめ合い、微笑む。


「まあなんだ、山本さんの件についてはそんな感じだ。当たってるのか間違ってるのかは分からんが、俺の中での結論は出た。そして思った。

 人間は無意味な存在なんかじゃない。そしてこの世界も、捨てたもんじゃない」


 晴れ晴れとした顔でそう言い、缶コーヒーを飲み干す。

 そしてノゾミに近付き、肩に積もった雪を払った。


「あの時の俺は、こんな最後が迎えられるとは思ってなかった。ただただ苦しくて、きついだけだった。

 でも今の俺は、いい人生だったと誇りを持って言える。そうしてくれたのはノゾミとメイ、お前たちだ。ありがとう」


「私こそ……幸せな時間を、ありがとう」


「ああ……じゃあノゾミ。全てを終わらせてくれ。そして、始めてくれ」



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