第6話 雅司の価値
「あなたの絶望は、人間が抱える許容量を超えている」
ノゾミが真顔で告げる。
対して雅司は、その事実を淡々と受け止めているようだった。
「だからこそ、死神に取られる訳にはいかないの」
「感情ゲージが半端ない。だから無茶を承知で声をかけて来たと」
「そういうことよ。ここまで手強いとは思ってなかったけど」
「ははっ、悪いな」
悪びれる様子もなく笑う雅司に、ノゾミがため息を吐く。
これって結構、すごい告白なんだけどな。そう思いながら。
「悪いと思うんなら、さっさと契約、完了させてよね」
「でもノゾミの言い方だと、負の感情でなくてもいいんだよな」
「そうね。とにかく感情ゲージが高いほど、価値があるの」
「なら、幸せいっぱいなやつでもよかったんじゃないか?」
「幸せいっぱいの人間が、魂を賭けて契約すると思う?」
「……言われてみれば」
「それにね、そんな人たちとは比較にならないぐらい、あなたの魂には感情が刻まれてるの。本当、どうすればここまで黒くなれるのかしら」
「ごめんごめん」
「
「確かにな」
「でもね、そんなあなたが望みを叶えたら……どうなると思う?」
「反動で、正のゲージがすごいことに」
「そういうこと。魂の価値が更に上がる。だからこそこの任務、私が選ばれたの」
「魔界きってのエリート、ノゾミ様の出番って訳だ」
「とにかくそう言う訳だから、これから雅司には、幸せをいっぱい感じてほしいの」
「中々に高いハードルだな」
「そう? でも料理を食べてる時のあなた、幸せそうだったわよ」
そう言われ、雅司はその時の感情を思い返した。
確かにうまかった。こんなにしっかり食べたのも久しぶりだし、自分好みの味付けで満足した。
でも。
「料理がうまかったから、だけじゃないな」
「どういうこと?」
「多分、ノゾミが作ってくれたからだ。俺の為に」
「え」
「ノゾミと一緒に食べたから、ってのも大きいな。こうやって誰かと一緒に飯を食うなんて、久しぶりだったしな」
雅司にそう言われ、ノゾミはうつむき頬を染めた。
「本当、うまかったよ」
その言葉に顔を上げると、笑顔いっぱいの雅司と目が合った。
「……それはどうも、お粗末様でした」
「謙遜しなくていいぞ。最高だった」
胸が熱い何かに包まれていく。そんな気がした。
「でもあれだな。俺にそんな価値があるのなら、横取りされた死神は面白くないだろうな」
「そうね。向こうの世界でも、ちょっとした騒ぎになってるから」
「まあでも、俺の魂は今、ノゾミとリンクしてるんだよな。だったら安心だ」
「でもこの契約、絶対って訳でもないの」
「どういうことだ?」
「この契約を解除する方法、ない訳じゃないの」
「出来るのか」
「あなた自身が、死神に譲渡してもいいって意思を示す。そうすれば私との契約は解除される。元々死神が刈る物だったんだし」
「死神への救済措置も、ちゃんとある訳だ」
「いずれ向こうからも、何かしらアクションがあると思う。このまま諦める、なんてことはない筈よ」
そう言ったノゾミの瞳に、陰りが宿る。
雅司は微笑み、ノゾミの手を握った。
「……え?」
「俺の魂はお前の物だ。どんな手を使ってくるのか知らないけど、俺がノゾミを見てる限り、大丈夫なんだろ? だったら問題ないさ。信じていいよ」
「雅司……」
ノゾミが安堵の表情を浮かべ、手を握り返した。
「ありがとう、雅司」
「こういう真面目なシチュエーションだと、パニックにならないんだな」
雅司がそう言って、意地悪そうに笑う。
その言葉にノゾミは我に返り、慌てて手を引っ込めた。
「ば、馬鹿にしないで! こ、これぐらい……全然平気なんだから!」
「ははっ、そうだったな、ごめんごめん」
「そろそろ寝るか」
枕を抱き締め、落ち着かない様子のノゾミに雅司が言った。
「そ、そうね! そろそろ寝ないとね!」
「いや、だからなんで緊張してるんだよ」
「き、緊張なんてしてないわよ。夜になったから寝る、当たり前のことじゃない!」
「いやいや、十分緊張してるから。何を想像してるか知らんけど、部屋は別々だからな」
「え」
「え、じゃないから。いくら俺でも、会ったばかりの女と一緒になんて寝ないから」
「わ、私の方は大丈夫なのよ? 一緒に住むって決めた時、覚悟もしたから。余計な気遣いは無用よ」
「足震わせて言っても、説得力ないからな。大体、覚悟って何だよ」
「でも私」
「はいはい分かった分かった。明日も早いから、俺もあんまり夜更かししたくないんだよ」
「朝早いって……あなたまさか、仕事に行く気なの?」
「そりゃそうだろ。シフトに入ってるんだから」
「でもあなた、昨日死のうとしてたのに。今更行かなくてもいいじゃない」
「まあ昨日の内に死んでたら、行くことも出来なかったけどな。後のことなんて知るかって思ってた。でも俺は今、まだ生きてる。だったら迷惑かける訳にはいかない。するべきことはする、そう決めてるから」
「……真面目なのか投げやりなのか、よく分からない性格ね」
「そういうことだから、今夜は隣の部屋で寝てくれ。布団敷いてるから」
「分かった……じゃあこの続きは明日、あなたが帰ってからってことで」
「ちゃんと布団かぶって寝るんだぞ」
「うん……おやすみなさい」
「おやすみ」
扉が閉まると、安堵の表情を浮かべたノゾミが、その場にへなへなと崩れた。
「本当、変わった人ね、あなたって」
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