第3話 冷風機で革命?
ガチャリ、と部屋の扉が開く。
入ってきたのは、エルネスタ殿下のメイドだ。両手に大きな袋を持っている。
「お待たせしました、ユークリウス様。こちら、付与魔法の道具と必要な材料です」
「ありがとうございます」
テーブルの上に置かれたのは、付与魔法を物体に刻むためのペン。それに、魔法効果を付与するための木材が数枚。そして核となる魔石。注文どおりだ。
「これを使って何を作るおつもりですか?」
「そろそろ暑くなってくる頃ですからね。この部屋にはエアコン……涼むための物もありませんし、冷風機でも作ろうかと」
「冷風機?」
メイドは首を傾げた。
どうやら冷風機を知らないらしい。この世界には無いのかな?
「冷たい風を送ってくれる物ですよ。暑い時期にはピッタリだ」
「なるほど……ユークリウス様は付与魔法に精通しているんですね」
「いやいや。これまでロクに使ったことはありませんよ」
「え? じゃあ、どうして急に?」
「この部屋にいると暇ですから。どうせなら、自分の適性魔法で遊んでみようかなと」
まあ、作るのは前世で〝家電〟と呼ばれていた物だ。
この世界には電子レンジはもちろん、エアコンや炬燵、冷蔵庫も浴槽もない。
物を温めるなら火を。涼むなら扇で風を起こす。
物を冷やすには氷室と呼ばれる部屋が必要になるし、風呂は貴族くらいしか入れない。地面を掘って綺麗に削った石を並べ、その間にお湯を溜めたりと全体的に文明レベルが低いのだ。
王国で一番裕福な暮らしをしているであろう王宮にさえ、それらの家電もどきすらない。
ゆえに、俺は自分で作ることにした。
付与魔法は様々な効果を物体に付与できる。これを利用すれば、浴槽や冷風機、冷蔵庫だって作れるはず。
前世の記憶を持っているからこそ、俺は今の環境に満足できなかった。
「道具と材料ありがとうございました。今更ですけど、勝手に付与魔法試してもいいですかね?」
「問題ありません。エルネスタ殿下からは、ユークリウス様の好きにさせろと」
「じゃあ部屋から出してください」
「それ以外でお願いします」
「……はあい」
やっぱりダメか、と肩をすくめて作業に取り掛かる。
まずは付与魔法——を使う前に、土台となる冷風機本体を組み立てないといけない。
メイドに持ってきてもらった木材を、トンカチやら釘やらで四角形にする。
とんちんかん。とんちんかん。
付与魔法に必要なのは最低限の形。側面を除く四面(左右と上下)を繋げて正面と奥を空洞にする。
これではただの穴の開いた四角形の箱もどきだが、風を通すことができればなんでもいい。
サイズは大体三十センチ。持ち運びが楽な大きさを選んだ。
「次は魔法ペン、と」
万年筆みたいなペンを持つ。
これは魔法道具の一種。付与魔法と使用者のイメージをペン先に籠めることができる。
熟練の付与師はこんな物がなくても付与魔法を使えるらしいが、魔法ペンがあったほうがよりスムーズに、効率的に魔法が使えるらしい。
特に俺は初心者だし、使わない選択肢はなかった。
「イメージは冷風機。エアコンの冷房や羽なし扇風機を想像したほうがいいかな?」
まあどれでもいけるだろ。原理はどれも異なるだろうが、要するに冷たい風を送れればいい。
ペン先に魔力を流し、脳裏に冷風機を思い浮かべる。
魔力を流すという感覚は、肉体のほうが覚えていた。本能に従うように、俺はゆっくりとペンを動かす。
木材の表面に、すらすらと謎の文字や図形が描かれていった——。
☆
時間にしておよそ三時間とちょっと。
「ああでもない」「こうでもない」と頭を悩ませながら魔力の出力を調整して……ようやく、試作品の冷風機が完成した。
「できた——!」
高らかに冷風機(木製)を掲げる。
両手でも軽々と持てるこの小さな箱が、転生後初めてとなる俺の魔法道具第一号。
外観こそみすぼらしいが、機能は問題ないと信じる。
「お疲れ様でした、ユークリウス様。それが冷風機ですか?」
俺の作業を見守っていたメイドが、首を傾げて問う。
「むふふ。そうですよ。これが風を送ってくれる冷風機です!」
仕組みは簡単!
このおんぼろ冷風機に、俺は二つの魔法効果を付与した。
一つは周囲の空気を集める〝吸引〟。もう一つは集めた空気を冷やして送る〝冷風〟。
この二つの効果により、瞬時に冷たい風が送られるという仕組みだ。
そのためにわざわざ正面と奥を開けている。
なんと簡易的な冷風機だろう。だが、最初はそれくらいがちょうどいい。俺、素人だしね。
「早速使ってみましょうか」
最後の仕上げとして、魔法式の刻まれた上の板に魔石をはめる。
そこだけ小さな穴を開けておいた。
魔石は魔力を生み出す不思議な鉱石。魔石が生み出した魔力を吸収し、魔法道具を動かす。
言わば魔石は電池のようなものだ。生成し続けられる魔力の量は、魔石の大きさによって変わる。
試作品の冷風機に使った魔石なら、毎日使っても二週間は持つだろう。試作品ならそれくらいで充分だ。
魔石の魔力が流れ、冷風機に付与した魔法が発動する。
ふわりと冷たい風が俺の髪をなびかせた。
それを見たメイドが「まあ」と驚きの声を発する。
「ほ、本当に風を送っている……?」
「そうですよ~。ほら、このとおり」
冷風機を彼女に向ける。風はメイドの前髪をわずかに撫でた。
さらに眼を見開いてメイドは驚く。
「す、涼しい……。本当に冷たい風を送っている……」
「ね? 便利でしょ、これ」
「便利すぎます! わざわざ扇で仰がなくてもこんなに涼めるなんて!」
メイドはやや興奮した様子で俺に詰め寄った。
そんなに凄いかな? むしろ俺は、こんな簡単な発明もできなかったのかと違う意味で驚いている。
付与魔法というとんでもない技術があるのに。
「これは素晴らしい! 設計図などを特許申請すれば売れますよ! 絶対に!」
「う、売れるかな? どこかにありそうな気もするけど……」
「少なくとも私は見たことがありませんでした。王国内で流通する分には問題ないかと」
「うーん」
魔法道具の開発はあくまで俺が快適な日々を過ごすためのもの。
設計図を売ろうなんて考えてすらいなかった。
「——あら? 二人で何を話しているんですか?」
「エルネスタ殿下」
扉のほうから声が聞こえた。
視線を向けると、俺をこの部屋に閉じ込めている凶悪犯、エルネスタ殿下がいた。
「ひょっとして……もう浮気ですか? ユークリウス様」
「違う違う違う! 落ち着いてその手にしたナイフを下ろしてくれッ」
すたすたと俺に近づいてきたエルネスタ殿下。彼女は、右手に持った刃物の切っ先を俺の腹部に当てる。
なんでそんな危険物持ってんだよ⁉
瞳のハイライトも消えていた。これはガチだ。
「これだよこれ。俺が作った魔法道具です!」
慌ててエルネスタ殿下に冷風機を見せる。
その途端、エルネスタ殿下の瞳に光が戻った。
「魔法道具?」
「ユークリウス様が自作した冷たい風を送る〝冷風機〟という道具です」
「冷たい風を送る?」
「実際に体験したほうが解りやすいかと。ユークリウス様、お願いできますか?」
「りょ、了解です」
刺されたくない俺は、起動しっぱなしの冷風機をエルネスタ殿下に向ける。
その瞬間、ひんやりとした風を彼女は浴びた。
「これは……す、涼しい⁉」
「はい。ユークリウス様曰く、この冷風機は暑い時期に使うのがいいとのことです」
「素晴らしいわ! これから先にもってこいじゃない!」
ぱあっ! とエルネスタ殿下の表情が明るくなる。
俺の腹部に当てられていたナイフが、すっと下ろされた。胸を撫で下ろす。
「私としては、こちらの冷風機を特許申請するのがよろしいかと」
「採用ね。先に申請しておかないと大変なことになるわ」
「え? えぇ? 本当にするの、特許申請」
「ユークリウス様はそのためにお作りになったのでは?」
「ううん。俺は自分が快適に過ごしたいと思って作っただけですよ。だから設計図とか魔法式とかメモしてませんし」
「なるほど。では後で書いてください。王家お抱えの商会にその冷風機を量産してもらいます」
「なんで⁉」
「それほどユークリウス様が作った冷風機は素晴らしい物です。暑さに喘ぐ多くの民を救えるし、貴族も喜ぶかと」
「そ、そんなに?」
「そんなに」
エルネスタ殿下は即答した。続けて、
「わたくしはこの国を愛しています。よりよい国にしたいと思っています。もし、ユークリウス様さえよければ、特許申請しませんか?」
「え、エルネスタ殿下……」
彼女は決して命令することなく俺にお願いした。手を貸してほしい、と。
彼女にそこまで言われたら断る選択肢なんてなかった。
エルネスタ殿下の期待に応えられるかどうか不安ではあるが、こくりと俺は頷く。
「解り、ました。今すぐに設計図を書きますね」
「本当ですか⁉ ありがとうございます。今日は嬉しいことが二つも重なりました!」
「二つ? 何か他にも良いことがあったんですか?」
なんとなく俺は訊ねてみた。
すると、エルネスタ殿下は「待ってました!」と言わんばかりに口端を持ち上げて笑う。
「はい。実は——ベヒモス様がユークリウス様に会いたいと仰っています」
「……え?」
その内容は、まさに青天の霹靂だった。
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作者フォロワー500↑ありがとうございます!
前世の知識を使ってユークリウスくんが無双する⁉
次回、料理知識も役に立つ?
【作者からのお願い】
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