第25話 一夫多妻
本当に唐突に、アリア殿下は爆弾を投下した。
「私からとっておきの提案が」
「とっておきの提案?」
「はい! 私を側室にしてみませんか?」
——ピシリ。
たしかに俺の耳は、空気が凍り付く音を捉えた。
幻聴だ。そんな音はありえない。
だが、隣に座るエルネスタの顔を恐る恐る確認すると……。
「ひぃっ⁉」
彼女は笑っていた。
普段通りの笑み。普段通りの雰囲気。
けれど逆に、俺はそれがおかしいと気づく。
俺が知るエルネスタなら、アリア殿下の発言は間違いなく地雷だ。普通にブチギレてもおかしくない。
しかしエルネスタは笑っていた。いっそ穏やかな笑みを携えて、ぎぎぎ、と首を動かし俺を見る。
「ユークリウス様……これは、一体、どういう、ことでしょうか?」
わざわざ言葉を区切り、圧をかけてくる。
言外に、「わたくしの知らない所でアリア殿下と仲良くなったんですか?」と付け加えられている。俺にはそれが解った。
慌てて首をぶんぶん左右に振る。
「誤解だ! 俺はアリア殿下とプライベートで会ってないし、俺の動向を監視していたエルネスタならそれが解るだろ⁉」
俺の必死の説得に、やや考える仕草をしてから彼女は頷いた。
「そうですね……私はメイドを付けてまでユークリウス様を監視してました」
自分で言っちゃうんだ、それ。
「ユークリウス様に怪しい点はなく、そもそも解呪の魔法道具作りでかなりお忙しかったはず。パーティーの日を除けばろくにお休みはありませんでした。これを黒と断定するのは不可能ですね」
そのパーティーの日も、実はずっとメイドが俺を監視していた。人の目がない場所と言えば男性用のトイレくらい。
が、そんな場所でアリア殿下と顔を合わせることはない。誰かに見られたら醜聞以外のなにものでもないからな。
俺を潔白とする多くの情報を整理し、エルネスタは納得してくれた。
続いて、彼女の視線がずっとこちらの様子を眺めているアリア殿下に向いた。
再び柔らかい笑みを浮かべて訊ねる。
「では、アリア殿下。どうしてユークリウス様の側室になる、という褒美が出てきたのでしょうか。お答えください」
ちょっと高圧的になってません、エルネスタさん?
俺はがくがくと彼女の隣で震えることしかできなかった。
下手なことを口にすれば何をされるか……。
しかし、片やアリア殿下は平然と答えた。まるでエルネスタの圧に気づいてないように。
「簡単です。ユークリウス様の才能は稀有なもの。こんな短期間で解呪の魔法道具を作り、母を救ってくれました。手放すには惜しい。今後ともユークリウス様との繋がりが欲しいのです!」
「なるほど。お気持ちはよく解りました。理解はできます」
「じゃあ——」
「けれど」
ぴしゃり、と笑みを浮かべたアリア殿下に釘を刺す。
「この方はわたくしの婚約者。それを解っているのでしょうね?」
「は、はい。だから側室に……」
「本人の目の前でそれを願うのは失礼にあたるとなぜ考えないのですか?」
「あっ……す、すみません!」
ばっとアリア殿下がおもいきり頭を下げた。
エルネスタの言う通りだ。
仮にこれが逆……エルネスタ側が言ったのならまだ解る。
だが、助けられ、あまつさえ格の低いアリア側が、大帝国の皇女エルネスタの目の前で婚約者に言い寄ったのだ。普通に咎められても不思議じゃない。
場合によっては国際問題にも発展しかねない内容だ。
まあ、側室云々だからさすがにそこまで大事にはならないだろうが。
「私はただ……どうしても、ユークリウス様の才能が……」
「ええ。解ります。ユークリウス様はまさに天才付与師。その才能は世界有数でしょう」
「え?」
そ、そうなの?
あまり褒められすぎても評価が分かれたら怖いよ? 俺は小心者なんだ。
「我が国はユークリウス様のおかげでどんどん発展していきます。彼を失うわけにはいきません。第一、わたくしはユークリウス様を愛しています。仮に才能がなくてもわたくしはユークリウス様と結婚します」
そういえば彼女が俺を求めたのは、付与師としての才能が発覚する前だった。
本当に俺が無能でも好きなんだろうな、エルネスタは。
俺にはもったいないくらい良い子だよ。たまに暴走するけど。結構暴走するけど。……毎日暴走してるけど。
「ですからわたくしの愛しい殿方に色目を使わないでください。聞くかぎり、アリア殿下に恋愛感情はないようですが」
「え、えっと……母を救っていただき、優しくも逞しい人だなぁ、とは思っています」
ぽっ、と頬を染めるアリア殿下。
ぴきぴきっ。
エルネスタの額に青筋が浮かんだ。
結局好きなんかい! と表情が物語っている。
「いけません。許しません。側室ならたしかにわたくしのほうが上ですが、まだダメです。せめてわたくしとの間に子供を設けてから!」
「そういう問題なの⁉」
ここは倫理観と文化の違いだな。
俺が知る前世では一夫一妻制。一人つき相手は一人までがルールだった。
けどこの世界は違う。一夫多妻制だ。特に広大な土地を有する帝国の皇女——の夫となる俺には、それが適応されてもなんらおかしくはない。
エルネスタがかすかな希望を与えるものだから、アリア殿下の瞳がぎらぎらと輝いている。
小さく、
「つまり、可能性はあるということですね?」
とか言ってた。
俺は聞こえなかったフリをしてお茶を飲む。
王妃を救っためでたい日なのに、最後の最後でこんな騒ぎに発展するとは……。
ほとほと困ったものだ。これが悪役の未来とは誰も思うまい。
尚も二人の話は続く。当人を置いて。
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