第16話 メロウ小王国

『ふむ。その厄介な王子と男爵令嬢とやらはもう王宮を出ていったのかえ?』


 もぐもぐもぐ、と俺たちの目の前で大量の料理をかっ食らう絶世の美女ベヒモス。

 彼女の言葉にエルネスタが頷いた。


「はい。つい先ほど後宮を出ていったと報告がありました」

『そうか。問題があったら妾が解決してやろうと思ったが……その必要はなさそうだな。もぐもぐ』

「ベヒモス様のお名前は貸していただきましたが、さすがにベヒモス様が出ていくと彼らの身が」

『ははっ! で、あるな。妾の名前でよければいくらでも使うがいい。脅しの道具にはなるじゃろう』

「ありがとうございます」


 ぺこりとエルネスタがベヒモス様に頭を下げる。

 彼女が言う「脅しの道具」とは、本当に脅しの道具だ。ベヒモスの代理という位置は、それだけで他国を威圧できる。


 ある種の兵器だ。普通にヤバい。


『うむ。無論、お前とユークリウス以外には許可しない。分別は守るがいい』

「弁えています。ここぞという時に出してこその切り札ですからね」

『くくく。お前を敵に回した王国が、今後どのような展開を迎えるのか楽しみだぞ』

「敵に回しただなんて。わたくしは別に何もしませんよ。向こうから何かしてこないかぎり」

『つまらんのう。争ってこそ楽しいものじゃぞ』

「それはベヒモス様だからですよ。普通は争いを回避するものです」

『ちぇ。まあいい。平和なうちはユークリウスの料理を食べ放題だからな!』


 そう言って恐ろしい量の料理を平らげるベヒモス様。


 人型のほうが沢山食べられてお得とか、一つ一つを味わえるとか言ってたけど……人型の状態でも凄い大食漢だ。

 見てるだけでも胸焼けがしてきた。


「ところでベヒモス様」

『うん? なんじゃ』

「エーレンフェルト王国にいる精霊様のことはご存じですよね?」

『精霊? ああ……奴か。奴は好かん。昔はよくあの女に説教されたものだ』

「やはりお強いのですか?」

『正面からぶつかれば妾が負けるはずはない。が、面倒な相手ではあるな』

「なるほど」

『それがどうかしたのか?』

「いえ。王子側が何か問題を起こして、精霊様と敵対するのは嫌だなぁと」

『ははは! 心配するな』


 エルネスタの不安をベヒモス様が一蹴する。

 からからと大きな笑い声が周囲に響いた。


『あやつは個人の意志では動かぬ。よほど気に入った者でもないかぎりはな。話を聞くに、その王子と男爵令嬢では役不足だろう。それに、いざ敵対したとしても妾なら余裕で勝てる』

「ベヒモス様はこの世界で最強の存在ですからね」

『うむ! 妾は界獣ベヒモス! あらゆるものの頂点に位置しているのじゃ!』


 上機嫌に笑いながらまたベヒモス様は料理を食べ始める。

 その様子を眺めながら、エルネスタはどこか感動していた。


 彼女、ベヒモス様のこと結構好きだよなぁ。

 俺にもベヒモス様のためにお菓子を作ってくれと頼むくらいだ。


 もちろん構わない。ベヒモス様のためなら俺だっていくらでもお菓子を作る。

 ……いや、実際に作っているのは料理人で、俺はそのレシピを開発したに過ぎないけど。


 ちょっと言い過ぎたな。


「あ、すみませんベヒモス様。そろそろ仕事があるのでわたくしたちは戻りますね」

『そうか。またいつでも妾の所に来るがいい。沢山の土産を持参してな』

「はい。後ほど食器などは回収しに行きますね」


 ぺこりともう一度頭を下げてから俺たちはベヒモス様の部屋から出た。

 まっすぐに執務室へ向かう。











 エルネスタと共に皇帝陛下のいる執務室にやってきた。


 実は俺、——というかエルネスタと俺は、皇帝陛下に呼ばれている。

 用件はまだ聞いていないが、何か大切な話だろうか?

 娘をお前のような奴にはやれん! とか言われたらどうしよう。


 エルネスタは父から婚約する許可をもらってると言ってたが、まだ俺は皇帝陛下と一度も顔を会わせたことがない。

 向こうも同じなのにほんとどうやって婚約をもぎ取ったのやら。


 不安を抱えながらもエルネスタが扉をノックしてから中に入る。その後に続いた。


「失礼します、陛下。ご用でしょうか」

「よく来たな、二人とも。ユークリウス殿とこうして話すのは初めてか。わかっているとは思うが、私がエルネスタの父、現皇帝である」


 呼ばれ、俺は恭しく膝を床に突けた。頭を垂れて挨拶する。


「皇帝陛下にご挨拶させていただきます。このような恰好で無礼とは存じますが」

「構わないとも。呼んだのは私だ。それに、先ほどまでベヒモス様に食事を運んでいたのだろう? ベヒモス様は全てにおいて優先される」

「その通りですわ。でも、一体何の用でわたくしたちを? まさかユークリウス様の顔が見たかった……とは言いませんよね?」

「それもある。が、本当にお前たちには用事があるのだ。これを見たまえ」


 ちらりと皇帝陛下が傍にいた執事に目配せをする。

 執事の男性はこちらに近づくと一枚の手紙をエルネスタに差し出した。


 俺は立ち上がって彼女の持つ手紙を見つめる。

 俺も読んでいいやつなのかな?


「これは……メロウ小王国からのお手紙ですね」

「ああ。つい先ほど届いたものだ。私には国王からの手紙。そちらはお前宛の王女からの手紙だ」

「拝見します」


 エルネスタは手紙を開いて中を確認する。


 しばしの沈黙。彼女はひとしきり中身を読み終えると、


「なるほど。国王の生誕祭がまもなく行われるのですね」


 簡潔に手紙の内容をまとめた。


「そうだ。来月には行われるらしい。我が国からは毎年必ず一人はその祭——パーティーに参加する。今年は王女の希望もあってお前に行ってもらおうと思う」

「わたくしに?」

「ああ。たまにはお前にも外の世界を見るいい機会になるだろう。エーレンフェルト王国ではいろいろ楽しめたようだしな」


 皇帝が言いながら俺の顔を見た。

 ぶわっと汗が出る。


 言外に「お前のことだぞ」と言われてるような気がして。


「わかりました。お任せください。皇女としてしっかり務めを果たします」

「うむ。それと、今回はユークリウス殿も一緒に連れていくといい」

「ユークリウス様を? それはまあ、連れていくつもりでしたが……」

「メロウ小王国も気になるのだろう。天才付与師の存在が」

「では宣伝してきますね。タイミングもちょうどいいですし」

「頼んだぞ。話は以上だ。下がってくれ」

「畏まりました。失礼します」


 ぺこりとエルネスタが頭を下げたので俺も下げる。

 その後、踵を返して部屋を出た。


 部屋を出る際、俺はずっと何かが引っかかっている。


 メロウ小王国。生誕祭。それに……王女。


 何か忘れているような気がしてならない。

 なんだったかな?

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