第15話 苛烈な皇女様
翌朝。
まともに睡眠時間を確保できなかった俺は、やや気だるい体を起こしてベッドから降りた。
「ハァ……無駄に緊張したな」
昨晩、夜中にもかかわらず来客のルシルが俺の部屋(エルネスタの部屋)に忍び込もうとした。
結果的にルシルは出入り口を守る兵士たちに止められ、偶然にも部屋に戻ろうとしていたエルネスタ本人と遭遇。
何をしようとしたのかわからないが、何もなく終わった。
しかし、不思議とルシルの表情、言葉が俺の中で引っかかっている。
粘っこい疑問だ。いくら引き剥がしても不安を抱く。
そのせいでまともに寝れなかった。夜中まで新しい魔法道具作りのことを考えていたせいもあって、完全に寝不足である。
遅れて目を覚ましたエルネスタが、目を擦りながら俺を見上げた。
「ユークリウス様……ふぁ。おはようございます」
「おはよう。これから朝食だけどまだ寝ててもいいんじゃない?」
「そうもいきません。さっさとあの馬鹿二人を後宮から追い出さないといけないですし、メンツがありますから」
「大変だね、皇女っていうのも」
今日は第一王子とルシルが後宮から出ていく日だったりする。
え? 昨日来たばかりでもう帰るの?
そう思っているだろうが、何も不思議なことじゃない。
元々王子が泊っている宿がある。
昨日は王子と皇女が顔を会わせるためであってそれ以上の何かはない。
だからいつまでも後宮にいてもしょうがないのだ。
旅行できないしね。
「なに他人事みたいに言ってるんですか」
「事実他人事だからね」
「あなたも来るんですよ、ユークリウス様」
「え⁉ 嫌だよ。もう会いたくない」
「子供みたいなこと言わないでください。気持ちはよ~くわかりますが、シオドア殿下とルシルさんには報告したいこともあるので」
「その報告に俺が関わってると」
「そういうことです。準備してダイニングルームに行きましょうね」
「……はい」
どうやら断れる雰囲気じゃない。
俺は肩をすくめて諦めることにした。
☆
三十分後。
軽く準備を済ませて俺とエルネスタは共に部屋を出た。
毎度のごとく手錠はあるがもう違和感すら抱かなくなった。
むしろ手錠がないと違和感を抱くくらい。
俺はずいぶんと染められたものだ。
そんなことを考えながらダイニングルームに入る。
すでに第一王子シオドアとルシルがそこにいた。
入ってきた俺とエルネスタを見て、シオドアは顔を歪める。
片やルシルは人懐っこい笑みを俺に向けた。
「おはようございます、エルネスタ様。ユークリウスさん」
「おはようございますルシルさん。そしてシオドア殿下」
「……おはようございます」
「おはようございます」
不満そうな表情を隠しもしないシオドアに対して、最後に俺も挨拶を済ませた。
エルネスタに続いて席に座る。
「お二人とも昨日はよく眠れましたか? 特にルシルさん」
「ッ。お気遣いありがとうございます。充分に睡眠はとれましたわ」
「それは何より。勝手にユークリウス様の……いえ、私の部屋に侵入しようとしたから驚きましたよ」
料理が運ばれてくる中、いきなりエルネスタがぐさりとルシルを言葉の刃で刺した。
だが、真っ先に反応したのはルシルじゃない。その隣に座るシオドアだった。
「なっ⁉ い、今の話は本当か? ルシル!」
「あー……はい。ユークリウスさんにお話があって」
「話?」
「魔法道具の件です。どうやってあんな素敵な道具を作り出したのか、私気になっちゃって」
「そ、そうか……でもいけないよ。エルネスタ殿下の部屋に……ん?」
シオドアは自分の言葉の違和感に気づく。
視線がルシルからエルネスタのほうに向いた。
「エルネスタ殿下の部屋に行ったのに、ユークリウスに話があった? どういうことですか? なぜ殿下の部屋にユークリウスが?」
「わたくしとユークリウス様が同衾しているからに決まってます」
「なぁっ⁉」
昨日今日併せて一番の驚きを見せるシオドア。
ぷるぷると体が小刻みに震えていた。
「こ、皇女殿下とあろうお方が、へ、平民のユークリウスを部屋に招くなど……!」
「婚約者なんですから当たり前じゃないですか」
シオドアの言葉に、さらりとエルネスタは答えた。答えてしまった。
これにはシオドアとルシル——俺まで驚く。
「こん……やくしゃ?」
おそるおそる訊ねるシオドアに、エルネスタは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「はい。愛する未来の旦那様です」
「さすがに無理があるでしょう⁉ そいつは王国で罪を犯して追放された罪人ですよ⁉ それにもう貴族でもない! それが皇族と婚約など……」
「問題ありません。父……皇帝陛下はすでに説得しています」
「どうやって!」
「ふふ。隠すことでもないのでお教えしましょう。ユークリウス様は我が国の守り神、ベヒモスに気に入られています。加えて天才的な付与師としての才能。これを手放す理由はありません」
なぜかドヤ顔で答えるエルネスタ。
ベヒモスに気に入られた人間というのはそれだけ大切……だな。
ベヒモスは他の国の守り神とは一線を画すほどの力を持つ。
なにせ世界を破壊するほどの力を持っているからな。
ベヒモスがいることで帝国は覇権を取れていると言っても過言ではない。
「むしろ貴族とはいえ、男爵令嬢と旅行する王子殿下のほうが問題では?」
「なっ⁉ ルシルを愚弄するのか! たとえ第二皇女が相手でも許されないぞ!」
「許されないのはあなたのほうです。わたくしはユークリウス様と同じベヒモス様に気に入られた人間。おまけに皇女。たかが王国の第一王子風情が、帝国の皇女に異を唱えますか? わたくしは当然のことしか言ってないのに」
「くっ!」
さすがのシオドアもこれには何も言えない。
アルビジア帝国とエーレンフェルト王国では全てにおいて差がある。
帝国は王国の何倍も大きいのだ。まさに格が違う。
やろうと思えばエーレンフェルト王国を潰すことだってできる。
それがわかっているのだろう。シオドアは悔しそうに顔を歪めてから立ち上がった。
「すみませんが急用を思い出したのでこれで。行くぞ、ルシル」
「う、うん」
シオドアはルシルを連れてダイニングルームから出ていった。
その背中を見送ってエルネスタは満足げに笑う。
「はんっ。二度と顔を見せないでほしいですわ!」
「こらこら。口が悪いですよ、エルネスタ殿下」
とはいえ俺もスッキリした。
今日ばかりは彼女の行いを褒める必要がありそうだ。
運ばれてきた料理を食べる。
いつもより三割増しで美味しかった。
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