第14話 怖い女

 夜。

 多くの者たちが寝静まった頃。


 人の目を気にしながらこそこそ動く女性がいた。


 彼女の名前はルシル。

 帝国に観光しに来た男爵令嬢だ。


 見回る使用人たちの目をなんとか掻い潜りながら、徐々にユークリウスの部屋を目指す。


 だが、今更ながらに彼女は気付いた。


「ユークリウスの部屋ってどこにあるのよ……!」


 本当に今更な話だった。


 実は何人かの使用人にユークリウスの場所を聞いた。が、揃いも揃って誰も教えてくれなかった。

 返ってくるのは「教えられません」という一言のみ。


 それだけユークリウスが大切にされているのか。もしくは人に言えないような場所にいるのか。


 後者だと狙いをつけた彼女は、トイレに行くフリをしてエルネスタの部屋の近くまでやってきた。


 人に言えないような場所なら恐らくこの辺りだろう。彼女のユークリウスへの信頼は相当だった。

 奪われないように近くに置いておくのが一番賢い。

 そう考えたわけだが、それらしい物音は一つしかしない。


 一番奥の部屋だ。


「な、なにあれ……」


 ようやく見つけたと思われるユークリウスの部屋。

 しかし、扉の前には二人の騎士が立っていた。


 ——厳重にもほどがある。


 どんだけ強固な守りをしいているのか。

 若干引いた彼女は、強行突破するしかないと考えて廊下の角から飛び出した。

 まっすぐ部屋のほうに向かっていく。


「す、すみませーん!」

「何者だ!」


 ルシルの声を聞いた兵士たち二人が、咄嗟に手にした剣を構える。


「(ぎゃあああ! いきなり武器抜くとかどうなってんのよ!)」


 思わずルシルは足を止めて尻餅を突いてしまった。


「ど、どうかしました? 凄い音が聞こえましたけど……」


 物音に気づいたユークリウスが部屋の扉を開ける。

 ルシルと目があった。


「やっぱりいた!」


 ビンゴ、と彼女は笑みを作る。

 咄嗟に立ち上がってユークリウスに抱き付こうとした。

 しかし、それを鎧姿の兵士にブロックされる。


「きゃっ!」


 見事に鎧に弾かれたルシル。

 二度目の尻餅を突く。


 そこでユークリウスも完全にルシルのことに気づいた。


「る、ルシル……様」

「いたたた……もう! 何するんですかあなたたち! 痛いじゃない!」

「それはこちらの台詞です。エルネスタ殿下のお部屋に何の御用でしょうか」

「へ? え、エルネスタ殿下の部屋? ユークリウスさんの部屋じゃなくて?」

「ここはエルネスタ……殿下の部屋だよ」


 どこか歯切れの悪い顔でユークリウスも同じことを答える。

 ルシルは頭上に『?』を浮かべた。


 なんでエルネスタの部屋にユークリウスがいるのか、と。

 見たとこ当の本人はいないように見えるが……。


「それよりどうしました。こんな夜更けに」

「あ、いえ……それは……」


 まずい。

 この状況は非常にまずい。


 最初はただ間違えて部屋に行くはずだったが、今の会話で偶然を装うのが難しくなった。

 おまけにエルネスタの部屋ということは、時間的に本人がすぐ戻ってきてもおかしくは……。




「——あら? なぜこんな所にルシルさんがいるんでしょうか」




「ッ」


 背後からエルネスタの声が聞こえた。

 ルシルはびくりと肩を震わせる。

 ぎぎぎ、と首を回して背後を見た。


 視線の先にはやはりエルネスタが立っている。


「え、エルスネタ殿下……」

「わたくしに何か御用ですか?」

「ちがっ……私はただ……そう! ユークリウスさんにお話があったんです!」


 何かを思いついたのかルシルが活路を見出す。


「ユークリウス様に? どんな御用でしょうか」

「申し訳ありませんが、それはユークリウスさんにしか……」

「ふむ。だそうですよ、ユークリウス様」


「俺は話すことないですけどね」


「なっ⁉」


 まさかの拒否にルシルは驚いた。

 必死に泣き真似をしてみる。


「そんな……酷いですわユークリウスさん! 私たち学友だったじゃありませんか!」

「そうですね。学友のあなたに罪を着せられて俺は追放されました。普通、自分に何かした相手には近づきたくもないのでは?」

「そ、それは……」


 想像以上に冷たいユークリウスの態度に、ルシルは狼狽えてしまった。

 涙の一つでも見せれば問題なく篭絡できると思っていたのに。


 だが、ユークリウスの瞳は冷たかった。どこまでも興味なさそうにルシルを見下ろしている。


「どうやら話は終わったようですね。夜も遅いですし、さっさと自分の部屋に戻って寝てください」

「お、お待ちください! 少しだけ、私にユークリウス様と話す時間を!」


 ルシルはここで退いたら負けだと思いしがみつく。

 なんと哀れなことか。


「話? なぜ?」

「なぜってそれは……私、ユークリウスさんのことを誤解していたんです」

「誤解?」

「もしかするとユークリウス様の過去の行いは何かの間違いだったのではないかと」

「つまりあなたはユークリウス様に冤罪をかけたと」

「私は悪くありません! 偶然、そういう証拠が見つかっただけで……」

「偶然ねぇ」


 やれやれ、とエルネスタはため息を吐いた。

 そのため息の中に呆れるような感情があったことは、ユークリウスだけが気づく。


「それにしてはあなた、確か嬉々としてユークリウス様を陥れるような発言をしてましたよね? 今更なんですか? 自分は悪くないから仲直りしようと? 追放しておいて?」


 ぐさりとエルネスタが言葉の刃でルシルを突き刺す。

 けれど彼女も負けていない。


「ですから、私はそういう風に話を聞いていたからで!」

「どんな理由があろうとあなたや第一王子がユークリウス様を断罪し追放した過去は消えません。ユークリウス様はもう王国には帰れないし帰りたくもないんです。私とずっと一緒に帝国にいますから」

「さらっともらわれてしまった」


「何か言いましたかユークリウス様」


「いえ、何も」

「そういうことですので諦めてください。あなたの顔も見たくありませんからね、本来は」

「……ッ!」


 悔しそうに表情を歪めてルシルは立ち上がった。

 拳を握り締め、体を震わせながらも激情を漏らすことはしない。なんとか堪え、最後にユークリウスのほうを向く。


「私、諦めないから。また話しましょうね、ユークリウスさん」


 それだけ言って廊下の奥へ消えていった。

 その背中を見送ってから、エルネスタは再びため息を吐く。


「まったく……呆れてものも言えませんわ。真正のお馬鹿さんですわね」

「同意するよ。まさかあそこまでとは俺も思ってなかった」


 二人はある意味でルシルに恐怖を抱く。

 人はああも反省しないものなのかと。

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