第13話 転生者
「——クソッ!」
用意された客室のソファに座った第一王子シオドアは、乱暴に目の前のテーブルを叩いた。
ガツンと鈍い音が響く。
「まさかユークリウスが第二皇女と懇意にしてるなんて……!」
「予想外の出来事でしたね。何があったのでしょう?」
「どうせ魔法道具作りの才能を買われたとかそんなところだろう。馬鹿にするはずが逆に馬鹿にされるとはな」
今すぐにでもユークリウスを殴りたいほどの激情にシオドアは駆られた。
しかし、ここは後宮だ。おまけに相手は第二皇女のお気に入り。
暴力沙汰はご法度だし、ユークリウスを傷付けては何を言われるか解ったものじゃない。
結局、こうして文句を垂れ流しながら手をこまねていることしかできなかった。
余計に悔しさが増す。
「私たちがもっと早く……それこそエルネスタ殿下より早くユークリウスさんの才能に気づけていれば、彼を子飼いにできたのに」
「そうだね、ルシル。せめてあの場で処刑でもしておけば帝国に後れを取ることはなかった。追放処分は甘すぎたか」
「まあ、考えてもしょうがないわ。過ぎたことは諦めましょう、シオドア」
「……ああ、解ってるよ」
ルシルの言葉にシオドアは納得した——フリをする。
内心では、自分がユークリウスに劣っているような気がしてならなかった。
それに、第二皇女エルネスタのあの態度だ。
仮にも王族に向かって、王位継承権第一位の自分に向かって不敬である、と彼は思った。
一番の理由は他にあるが。
その理由とは、——純粋な嫉妬。
自分より圧倒的に下に見ていたユークリウスが、エルネスタという美しい美女を手に入れる。
それがどうしても許せなかった。
プライドの高さが裏目に出る。ぎりり、と奥歯を噛みしめながら考えた。
何か、ユークリウスの絶望に繋がる手はないかと。
心底彼の性格は腐っていた。
だが、シオドア以外にも性格の腐った人物はいる。
ルシル・マイラーだ。
彼女は憤るシオドアに視線すら向けないまま、密かにユークリウスのことを考えていた。
「(妙に引っかかる展開ね……どうして原作に出てこなかったはずの料理や魔法道具が作られているの? まさかユークリウスは転生者?)」
そう。
実は彼女は、ユークリウスと同じ前世の記憶を持った転生者だった。
加えて彼女自身も異世界の舞台となった原作を知っている。
せっかく底辺ながらも貴族令嬢に転生し、それがヒロイン。目の前にはイケメンの攻略対象キャラクターたちがいて、何もかもが順風満帆だった。
予定は狂ったが証拠をでっち上げてユークリウスを断罪追放までしたのに、なぜか追放したはずのユークリウスが彼女も知らない才能を発揮した。
ここからの展開は完全に未知の領域。これまでの自信が嘘のように困惑していた。
「(いや、転生者だったらもっと早くに断罪フラグをへし折るはず。それらしい姿は見てない。むしろ最初から性格が違っていて、そのせいでエルネスタ諸共断罪できなかったし……どうなってるのかしら。私が知らないストーリーでもあるの?)」
考えれば考えるほどユークリウスが怪しいような、もしくはエルネスタが怪しいような気がしてきた。
「(そうよ! 逆じゃない。ユークリウスは冤罪とはいえシナリオどおりに断罪された。でも、エルネスタのほうは無理だった。これが決定的な分岐点。転生者はユークリウスじゃなくてエルネスタのほう? 自分の前世の知識をユークリウスに教えて再現しているのかしら?)」
だとしたら取れる手はある、と彼女は考えた。
にやりと笑う。
「(ふふ。エルネスタのほうが前世の知識を持った転生者なら、打つ手はあるわ。甘い甘い蜜をあげればきっとユークリウスは引っかかるはず。手始めに、今夜行ってみようかしら? 彼の部屋に)」
ルシルは完全に思い違いをしていた。
自分のような男性の好みを反映させた女なら誰もが惚れると。
第一王子を骨抜きにしたことで変に自信がついていた。
それに彼女はこの世界のヒロイン。全てが自分を中心に回っていると思っている。
ゆえに、実行するべき方法は簡単。
深夜、ユークリウスの部屋に忍び込み——。
そこまで考えて彼女は不敵に笑った。
隣に座るシオドアは、彼女のことに気づかない。
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