第12話 ネタばらし

 テーブルに並べられた新作料理『ハンバーグ』を食べたシオドアとルシル。

 両者揃って同じ言葉を口にする。


「「お、美味しい⁉」」


 よし、と思わず俺は拳を握り締めた。


 これで少なくとも、俺の料理は平民や貴族どころか王族すら魅了したことになる。

 デミグラスソースは材料が足りなくて味がやや薄いが、それでもこの世界にはなかったもの。

 充分に彼らの舌を満足させることができた。


「ふふ。これはなかなか素晴らしい料理ですね」


 二人の様子を眺めながらエルネスタもハンバーグを食べる。


 よかった。彼女の舌にもあって。

 今度はホッと胸を撫で下ろす。


「アイスクリームに続きこんな美味しい肉料理まで作れるなんて……い、一体どんな料理人がいるんですか?」

「気になりますか?」

「それはもう」


 シオドアは珍しく真面目な表情を作っていた。

 もぐもぐとハンバーグを食べながらルシルも頷く。


「もぐもぐ……ごくん。私も気になります! 誰なんですか、その料理人は!」


 やや興奮した面持ちでルシルはエルネスタを見た。

 シオドアに比べて落ち着きがないな。そんなに気に入ったのか?


「別に隠しているわけではありませんが、なるほど……ご存じないと」


 エルネスタは水を一口飲んでから呟いた。

 どこか呆れているようにも見える。


「有名な料理人なのかな? 生憎と僕は初めて帝国に来たんだ、帝国の料理人については詳しく知りませんよ」

「わ、私もです! けど、ハンバーグまで作れる料理人なんて……て、天才じゃないですか!」


「そうですね。彼は天才です」


「彼? 男性なんですか?」

「はい。あなた方もよく知る人物ですよ」

「我々が知る人物?」


 ここまでヒントを出されておいて未だにシオドアは誰か解っていなかった。

 ルシルも同じく。


 彼らにとって俺という存在はそれだけ小さいものだったんだな。

 今更ながらに少しだけ寂しく思えた。




 前世の記憶を思い出す前のユークリウスは、酷く孤独な人生を送っていた。


 本来の原作の性格に比べればマシになっているため、使用人たちからはそれなりに信頼されていたが、周りとの付き合いは微妙だった。


 最後のほうなんて散々ルシルに冤罪をかけられ、シオドアからは誹謗中傷の嵐。

 王子が口にした言葉は正しいんだと周りも思い、誰も俺の味方をしてくれなかった。


 ……いや、何人かいたな。俺を庇ってくれる人は。


 でも、結局はシナリオどおりに話は進み、俺は断罪された。

 どうにかエルネスタを守ることはできたが、断罪されてしまったのだ。


 そこから王国を追放され、エルネスタという頼りになる皇女に拉致監禁されたからまだよかった……うん? よかったの、か?


 まあいい。今は細かいことは置いておこう。


 大事なのはシオドアとルシルに関してだ。


 あんなことをしたのに、彼らは俺の存在をほとんど覚えていない。

 最初こそ覚えていないほうが嬉しいという面もあったが……完全に記憶から抜け落ちていると思うと、少しだけ寂しくなる。


 もう、絶対にあの頃の記憶は蘇らないと。お前の居場所は王国にはないんだと言われているようで、内なるユークリウスが泣いた。


「残念ですね。もしかしたら、とは思っていましたが。所詮は……」

「だから誰なんだ! その知ってる人間と言うのは!」


 焦れたシオドアが叫ぶ。


 相変わらず不敬な奴だ。ここは帝国だっていうのに。


 やれやれとため息を吐きながら俺は厨房から顔を出す。まっすぐにエルネスタの傍に近づいた。

 遅れてシオドアとルシルが俺に気づく。


「お、お前は……まさかユークリウスなのか⁉」

「ゆ、ユークリウスさん? なぜあなたがこんな所に⁉」


 ふむ。意外と面白い反応をしてくれたな。

 ありえないって感情が透けて見える。

 これを見れただけでも面白かったかもしれない。


 そう思いながら俺はちらりとエルネスタの顔を見た。

 彼女はこくりと頷く。


「こちらが先ほどお出ししたハンバーグを作った料理人、ユークリウス様です」

「なッ⁉」

「嘘⁉」


 シオドアもルシルも驚愕する。

 唖然としていた。


 そこへエルネスタが畳みかける。


「それだけではありません。アイスクリームはもちろん、冷風機の製作者でもありますね」

「ば、馬鹿な……お前にそんな才能があっただと⁉ 学園に通っている時は一度もそんな素振り……」

「見せたことはなかったね。俺も自分にこんな才能があったなんて帝国に来てから知ったし」


 実はまだ冷蔵庫を隠しているが、それはまだ特許申請もしてないし秘密だ。付与もかなり複雑だから作るのが難しい。


「す、凄いですね! ユークリウスさんは天才付与師です! 他にも何かアイデアがあったりしませんか?」


 急にルシルが目の色を変えて俺に訊ねてきた。


「ありますよ、いくつか。でも秘密です」

「秘密?」

「俺はもう帝国の人間。王国の王子の前で話せません」


「で、では二人きりなら!」


「ルシル⁉」

「申し訳ございません。教える理由がないので」

「そんな……」


 まさかの展開に俺は内心で少しばかり驚いていた。

 ルシルはこんな奴だったか? 欲深いな。


「我が国の宝であるユークリウス様の引き抜きはお止めくださいね? 困ります」

「も、元々は我が国の臣下ですよ! 少しくらい……」


「その臣下を冤罪で追放した人の台詞とは思えませんね。——あ、冤罪は言いすぎでしたね。すみません」


「ッ」


 エルネスタの事件の真相を知っている。

 口端を吊り上げて見下すように笑っていた。


 シオドアもルシルも顔を真っ赤にする。

 今すぐ怒りをぶちまけたいだろうが、皇女相手にすることではない。それくらいはギリギリ弁えていた。


 困った二人は、結局その場から逃げ出すしか選択肢はなかった。


「す、すみませんが、今日のところはこの辺で失礼します。少々体調が優れないもので」

「わ、私も同じく」


 ダイニングルームから出ていった二人の背中を見つめながら、俺はやけにスッキリとした気持ちになる。

 思わず隣に並ぶエルネスタに、


「ありがとうね、エルネスタ」


 とお礼を言ってしまった。

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