第7話 第一王子たち
「シオドア! シオドア!」
甘ったるい女性の声が部屋の中に響く。
名前を呼ばれた金髪碧眼の青年は、柔らかく微笑むと口を開いた。
「どうしたんだい、ルシル」
「聞きましたか? 帝都で流行っている冷風機という魔法道具を」
「冷風機……ああ、知ってるよ。冷たい風を送ってくれる魔法道具だね」
「それです! 私、その冷風機が欲しくて」
「冷風機を? うーん。最近暑くなってきたしね。君の気持ちは僕も解る」
「本当に? じゃ、じゃあ……冷風機を取り寄せたりできないかしら。もちろんお金は私が払うわ」
「その必要はないよ」
ルシルと呼ばれた栗色髪の少女の言葉に、金髪碧眼の青年——エーレンフェルト王国の第一王子、シオドア・ミル・エーレンフェルトは首を横に振った。
「別に大した金額でもないだろうし、僕が取り寄せておこう。……というか、せっかくだし、帝都にでも足を運ばないか?」
「帝都に私とシオドアが?」
「ああ。最近は執務ばかりで疲れていたんだ。帝都にはアイスクリームっていう氷菓子もあるし」
「まあまあ! ありがとうシオドア。私、一度帝都には行ってみたいと思ってたの!」
ルシルが両手を合わせて笑みを浮かべた。
その表情を見るだけでシオドアは幸せになる。
だが、すぐに彼女の顔は曇った。
「あ、でも……確か帝都にはユークリウス様がいるんじゃ……」
「むっ。もう彼は貴族じゃないんだ、敬称なんて付けなくていいんだよルシル」
「さすがに可哀想だわ。自業自得とはいえ、私たちが彼を断罪したんだし」
「可哀想なものか。か弱い君を虐めた男だぞ? 僕は今でも腸が煮えくり返る思いだよ」
「シオドア……ありがとう。そう言ってくれるだけで私は嬉しいわ」
にこりとルシルは頬を赤く染める。
それを見たシオドアは、ぽん、と手を叩いてある提案をした。
「そうだ! どうせだし、ユークリウスに嫌味の一つでも言ってやろう。あいつがどんな暮らしをしているのか見物じゃないか」
「もう。不謹慎よシオドア」
注意しながらもルシルは笑っていた。
心の底ではユークリウスなどどうでもいい。彼女にとってはただのエキストラ。脇役に他ならないのだから。
「はは、すまないねルシル。けど、ユークリウスのことは気にするな。悪いのは全てあいつだ」
彼女の肩に腕を伸ばし、華奢な体を引き寄せた。
ソファに座る二人は、年頃にしてもくっ付きすぎている。
密着した状態で、何の躊躇もなくルシルは顔を近づけた。
シオドアと唇が重なる。
「行こう、帝都に。ルシルとの旅行はきっと楽しい」
「うん。そうするわ、シオドア」
口を離したあと、二人はさらに抱き締め合う。
内心でシオドアが、ユークリウスをどうからかってやろうかと悪意のある考えを巡らせていた。
片やルシルも、シオドアに何を買ってもらおうかと夢想している。
だが彼らは知らない。
当の本人、断罪されたはずのユークリウスが帝都で幸せに暮らしていることを。
かなりヤバい女に捕らえられていることを。
☆
「くしゅん!」
唐突に鼻がくすぐったくなって、くしゃみが出た。
「あらあら。大丈夫ですか、ユークリウス様」
「う、うん。誰かが俺のことでも噂してたのかな?」
「噂ですか?」
「こっちの話だよ。それより、次に作る魔法道具を決めたよ」
「いつの間に」
「つい昨日ね」
部屋のソファに、今みたいに座りながらボーっとしていたら思いついた。
というか、夏場だというのになぜすぐに作ろうとしなかったのか。
快適な環境に身を置いていたからこそ忘れていた物を、これから作ろうと思います。
その魔法道具とは——。
「どんな魔法道具なんですか?」
「名前は〝冷蔵庫〟。物を冷やすための箱だね」
「物を冷やすための箱……冷風機とは違うんですか?」
「あれはあくまで冷たい風を送るための物。冷蔵庫は箱の中を冷やしておくんだ。要するに小さな氷室みたいなものだね」
「まあ! そんな便利な物を作れるんですか⁉」
「むしろまだ誰も作っていないことにびっくりだよ」
どうして付与魔法なんて便利なものがあるのに、氷室を小さく持ち運びしやすい形にする——という発想が出ないのか。
もしくは考え付いたけど実現できなかったとか?
まさかね。
俺は少しだけ不安要素を抱えながらも、エルネスタ殿下のメイドに必要な材料を注文した。
冷蔵庫はそう難しい工程を必要としない。
冷風機と原理は似たようなものだ。
正直簡単すぎて、先ほど抱いた不安は杞憂になりそうだった。
「ふふ、楽しみですねぇ。ユークリウス様がお作りになる冷蔵庫……一体、どんな富を築くのか」
「あんまり期待されすぎても困るよ?」
「期待するなというのは無理があります!」
「断言するんだ……」
まあ、なんとかなるか。
期待に応えられればよしよしよう。
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