第8話 冷蔵庫作り

「はい、あーん」


 昼間の城下。

 オシャレなカフェの一角で、俺はエルネスタ殿下にケーキを食べさせられていた。


「あーん」


 ぱくり。

 大きく口を開けて咀嚼する。


「もぐもぐ……ごくん。ねぇ、エル」

「なんですか、ユークリウス様」

「どうして俺たちはこんな所でデートしてるのかな?」

「何を今更。ユークリウス様の付与魔法に必要な材料を購入しに来たんじゃありませんか」


 そう。

 俺とエルネスタ殿下は、冷蔵庫の話を終えるなり宮殿を出た。


 最初はメイドに冷蔵庫用の材料を買いに行ってもらおうと思ったが、急にエルネスタ殿下が、


『ハッ! そういえば私たち、まだデートもまともにしてません!』


 とか言い出して、急遽、彼女とデートすることになった。


 それ自体はいい。俺もたまには外に出たかった。

 しかし……。


「これが本当にデートだと言うなら、俺のコレを外してくれてもいいんじゃない?」


 すっと腕を持ち上げる。

 俺の手首には依然としてあの重厚な手錠がかかっていた。

 意外と重い。


「まあまあ。わたくしからの愛を外したいだなんて……どこの雌〇ですか」

「エルさん?」


 彼女はカフェの中で何を言ってるんだろうか。


 ちなみにエルというのは彼女の偽名。変装はしてるが一応ね。


「許しません。あれだけ愛情を注ぎに注いでいるというのに……いえ、むしろ注がれているのはわたく——」

「ああああ! それ以上はいけない!」


 本当にヤバいことを口走るエルネスタ殿下の言葉を、無理やり叫んで遮る。


 彼女はぷくぅ、と構わず頬を膨らませていた。

 可愛いけど怒ってる。


「正直に話してください! 側室くらいならまだ認めなくもないですよ!」

「いや、普通に窮屈だから外したいだけだよ。別に意中の相手はいない。俺の気持ちは……さすがに君に向いてるよ、エル」


 俺はもう何度もエルネスタ殿下に手を出している。

 最初こそ襲われているような状況だったが、繰り返していくうちに俺もなんだかんだ楽しんでいた。


 結局、エルネスタ殿下の宣言どおりに俺は心を奪われてしまった。

 皇女のくせに強い人だ。いろんな意味で。


「ッ。そ、そこまでハッキリ言われると……~~~~!」


 急にエルネスタ殿下の顔が真っ赤に染まる。

 彼女、意外と攻められると弱いタイプだったりする。


 俺が余計なことを言わなきゃ本当に可愛い。

 たまに包丁とか向けてくるけど。たまに言動ヤバいけど。たまに権力行使してくるけど。

 うん、いい子だよ。基本は。


「あはは。照れてるエルは見てて面白いね」

「意地悪ですッ! 妻をからかうなんて!」

「まだ妻じゃないよね。せめて恋人にしてくれないかな? はい、あーん」


 じゃら、という音を立てて俺は器用にスプーンを持つ。

 手錠があっても彼女にこれくらいのことはできる。


 未だ顔の赤いエルネスタ殿下は、俺からの「はいあーん」を拒まなかった。

 口を開けてぱくり。

 小さな口元がもぐもぐ動く。


「美味しい?」

「……はい。ユークリウス様に食べさせてもらうと、美味しさ五割増しです」

「それはさすがに可哀想だよ、料理人が」

「愛する人ですから」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 その顔に、やっぱり俺はやられている。











 デートは終わった。

 買い物を済ませて宮殿に戻る。


 俺は購入した木材を使って冷蔵庫を作る。

 なんでいつも材料が木材なのかって?

 俺が作るのはただのサンプル品だ。問題なく冷蔵庫として使えるなら、あとあと金属でも石でも使えばいい。


 初っ端からミスって材料を無駄にするなら、安価で手に入る木材が一番だ。


 エルネスタ殿下は金に糸目をつけないと言うが、個人的に民の税金を無駄遣いするのはちょっとね。

 だから俺はこれでいい。


 木材だと冷蔵庫としての役割的に劣化も早いが、壊れる前に新しい物を作ればいい。そのために、俺は材料を手にする。


「ユークリウス様はこれから冷蔵庫作りですか?」

「そうだよ。冷蔵庫は少しだけ工夫しようと思っててね」

「工夫? ただ冷気を送り込むだけではなかったのですか?」

「それだと冷蔵庫自体も劣化が早いだろ? 金属を冷やすとどんな影響が出るか解らない。だから、できるだけ長持ちするように工夫をね」


 それにただの冷蔵庫だと重くて持ち運びに困る。

 少しでも軽くできないかと考えていた。


「なるほど……まだ二回目だというのに、ユークリウス様はいろいろ考えていますね」

「それほどでもないさ。ただ俺の意識が変わっただけ」

「意識?」

「最初は俺だけのものだった。そこにエルネスタが加わって……国のために、少しでも良い魔法道具を作らなきゃね」

「ユークリウス様……」


 我ながら臭いことを言ってる。

 だが、エルネスタの心には響いたのか、彼女に後ろから抱き締められた。


「ありがとうございます、ユークリウス様。その気持ち、もの凄く嬉しいです」

「それは何より。じゃあ、始めようか」


 エルネスタ殿下が……いや、エルネスタが見守る中、俺はゆっくりと冷蔵庫作りを始めた。


 まずは冷蔵庫そのものを作る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る