第9話 第一王子たちへの復讐?

 冷蔵庫が完成した。


 エルネスタ殿下のために作ったそれは、俺の予想を超えるサイズになった。

 最初は一人暮らし用に小さな冷蔵庫を作るだけの予定だったが、目の前にあるのは自分の背丈より高い四角形の箱。


 箱っていうかもう部屋みたいになった。人間が何人も入るスペースだ。


「ふぅ……サンプルを作ってからぶっ通しで組み立てたからさすがに疲れたな……」


 額に滲んだ汗を拭う。


「お疲れ様でした、ユークリウス様。こちらが冷蔵庫ですか?」


 背後でエルネスタ専属のメイドが俺に訊ねる。

 エルネスタは今ここにいない。彼女は仕事のため席を外していた。


「そうですよ。だいぶ規模は大きくなったので魔石にお金がかかると思いますが」

「氷室を維持するのに比べれば安い出費です。というか本当にこの冷蔵庫は物を冷やすことができるのですか?」

「大丈夫だと思いますよ。実際に試してみないことには何とも言えませんが」


 この巨大冷蔵庫を作る前に自分用の冷蔵庫は作った。小さいからサイズの差で影響は変わるだろうが、小さいほうの冷蔵庫は物を冷やすことには成功している。

 この巨大冷蔵庫も出力を上げて魔石で維持すれば大丈夫だろ。


「では魔石をお願いします。順次、料理人に食材を運んでいただきますので」

「了解しました」


 メイドからかなり大きな魔石を受け取る。

 超高級品だ。普通に購入するとなると一般人では手が出せない。


 だが、これくらいの魔石があればしばらくは交換せずに使えるだろう。

 付与魔法は普通の魔法より消費される魔力の量が少ないという長所がある。

 その代わりに戦闘などではほとんど使えないが。


 受け取った魔石を冷蔵庫の一角にはめる。直後、刻んだ魔法式に魔力が流れて魔法効果が発動する。

 ひんやりとした冷気が冷蔵庫の中に漂った。


「よし。じゃあどんどん食材を運んでいってください。ある程度運んだら閉めるのを忘れないように」

「畏まりました!」


 冷蔵庫の完成を待っていた料理人たちが、背後で大きな声を発する。


 俺が冷蔵庫の前から退くと、次々に食材が運ばれていった。

 その光景を眺めながらホッと胸を撫で下ろす。


「これでひとまず休めるな……」


 ほとんど朝から夕方まで休憩なく作業していた。

 体はこり固まっているし、魔力はだいぶ消費したし、集中力が解けて思考はぐにゃぐにゃする。


 さっさと自室に戻って休みたかったが、最後まで冷蔵庫が機能してるかどうか確認しないといけない。

 作った俺しか詳しくは解らないのだから。




「ユークリウス様」


 背後から聞き馴染んだ声が聞こえた。

 振り返ると、キッチンの入り口にエルネスタがいる。


「エルネスタ殿下。お仕事はもう終わったんですか?」

「はい。急いで片付けてきました。……それで、あちらが?」


 ちらりとエルネスタの視線が俺の背後——冷蔵庫に向いた。

 こくりと頷いて肯定する。


「料理人のための冷蔵庫ですね。今、食材を運んでもらって冷えるかどうかの確認をしてます」

「そうでしたか。では、大事なお話があるのでその確認作業が終わってから部屋に戻りましょう」

「大事な話ですか?」

「先ほど皇帝陛下から聞きました。少々、面倒な話でもあります」

「は、はあ」


 なんだか彼女の口ぶりに嫌な予感がした。

 具体的には俺に関わる何かな気がしてならない。

 重い内容じゃないといいなあ。


 そんなことを考えながら冷蔵庫の確認作業を続けた。


 一時間後。

 俺の作った冷蔵庫が問題なく使えることが解った。

 まずはひと安心である。











 冷蔵庫の確認作業のあと、俺とエルネスタは場所を変えて自室に戻った。


 ガチャリと俺の手首から手錠が外れる。はい、いつもどおり手錠してましたとも。


「あなたは紅茶をお願い」

「畏まりました」


 ソファに座るなりエルネスタはメイドにお茶の用意を頼む。

 扉を開けてメイドが姿を消すと、彼女は真剣な表情を作って本題に移った。


「それではユークリウス様、大事な、少々面倒なお話をさせていただきます。ご不快になるとは思いますが我慢してくださいね」

「そ、そんなに嫌な話なんだ……」

「王国……いえ、第一王子に関する話ですから」

「ッ」


 第一王子。

 その言葉が俺の胸にちくりと刺さった。

 俺を帝国へ追放した張本人だ。胸がざわつく。


「第一王子が何か? 俺に関する文句でも?」

「いいえ。そういうわけではありません。ただ、第一王子が近々我が国へ来るそうです。ここ帝都へ」

「帝都に? 何か用事ですか?」

「旅行だそうです。もう一人、聞きたくなかった女性の名前も挙がっていました」

「それって……」

「ご想像どおりかと。あの雌ぶ——じゃなくて、ルシルさんですね」


 今、エルネスタは雌豚って言おうとしたのか? 俺の聞き間違いだよな?

 違う意味で恐ろしくなったが、あえて彼女の間違いを聞き返したりはしなかった。

 話を続ける。


「なるほど。それで面倒なことになるって言ったのか」

「はい。相手は曲がりなりにも王子。後宮にも足を運ぶでしょう。我々も第一王子をもてなさないといけません」

「必然的に顔を会わせる可能性が高くなると」

「ユークリウス様をこちらの部屋に隔離——隠しておけば問題ありません。案内する気はないので」


 今、エルネスタは俺を隔離すると言ったか? さっきから言動が物騒だぞ。

 まあ監禁されてるのは事実だけど。


「じゃあ大人しくしてるよ。別に彼らと話したいこともないし、顔を会わせても暴言を吐かれるだけだろうからな」


 せっかくユークリウスのメインシナリオは終わったのだ。わざわざ主要キャラクターたちに会う必要はない。


「それが一番安全かとは思います。——しかし、悔しくありませんか?」

「悔しい?」

「ユークリウス様はあの無能な王子とあばず……ルシルさんにはめられました。実に姑息です」

「今あばずれって……」

「言ってません。話を続けますね?」

「は、はい」


 今日のエルネスタはやっぱり過激だった。

 それだけ第一王子やヒロインが嫌いなんだろう。俺も好きじゃないが。


「私は悔しいのです。ユークリウス様だって許せないはず。あの二人に追放された過去は消えません。そこで! 復讐しましょう!」

「復讐?」

「今やユークリウス様は我が国になくてはならない宝。見返してやるのです! お前らが捨てた俺は帝国で立派に成長したぞ、と!」


 ソファから立ち上がったエルネスタ。

 グッと拳を握り締めるとそれを天高く掲げた。


 果たして彼女にマナーや教養を教えている人は大丈夫なんだろうか?

 男気あるエルネスタを見て、ふとそんなことを思った。

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