第10話 馬鹿王子と馬鹿女がやってくる
「シオドア! あれを見て!」
豪奢な馬車の中、窓の外に見える景色を指差して茶髪の少女は叫んだ。
名前を呼ばれたシオドア——王国の第一王子は、そちらへ視線を送る。
「さすが帝国ね。外壁が高くて立派だわ!」
「そうだね。帝国は複数の国を束ねる大国だ。こう言ってはなんだが、ウチより圧倒的に大きい」
「ふふ。王国だって負けてないわ。それに、これからもっともっと良くなるわよ。シオドアが次の国王になったらね」
「ルシル……ありがとう」
はにかむ彼女にシオドアもまた笑みを作って返した。
徐々に第一王子たちは帝都に近づいていく。
そこで待つ様々なものに触れて、見て……彼らは知るだろう。
自分たちが捨てた者の大きさを。
☆
馬車が帝都に入った。
第一王子たちが乗っている馬車は、王族が所有する馬車だ。
普通の馬車と違って正門をくぐったら降りる——必要はない。そのまま、彼らを乗せた馬車は街中を移動する。
窓の外に広げる光景を見て、またしてもシオドアの隣に座ったルシルが大きな声を上げた。
「すごーい! 沢山お店があるわ。あれは何かしら……?」
「どれどれ。……ああ、串焼きか。君は食べたことがないかもしれないね。あれは串に肉を刺して焼いているんだよ」
「美味しいの?」
「味は濃いと聞いているよ。実は僕も食べたことはなくてね。まあ、庶民の食べ物だろうから体には悪そうだ」
「確かに。屋台を見るかぎり、衛生観念は低いようだしね」
「よかった。ルシアが食べたいとか言わなくて」
「え? も、もう! さすがにそんなこと言わないわ。庶民の食べ物なんて口にできないわよ。お父様に怒られちゃう」
「あはは! そのとおりだね。僕たちには僕たちの常識がある。庶民の暮らしに首を突っ込んでもろくなことにはならない」
窓の外を眺めながらシオドアはそう断言した。
言葉の中には、明らかに庶民に対する見下した感情が含まれている。
決して、庶民のためではない。全ては自分のため。自分のほうが優れているという優越感に密かに浸っているのだ。
それに気づかないまま、ほぼ同じ感情を抱いているルシルは笑う。
屈託のない笑みだった。
「それより、私は楽しみだわ。どこにあるのかしら、アイスクリームという氷菓子は」
「中心のほうに店を構えているらしいね」
「わあ! じゃあこれからそこに行くのね?」
「うん。楽しみにしてて」
シオドアはルシルの喜ぶ顔を見て自分もまた喜ぶ。
ルシルは単純だ。本当にアイスクリームが食べたいだけ。
二人ともアイスクリームを誰が作ったのか。そういう情報は頭から抜けていた。
特にシオドアは、使用人がユークリウスのことを話していたがスルーした。他に考え事をしていて聞いていなかったのだ。
ゆえに、冷風機の件に関しても記憶にない。
仮に聞いていたとしても、同名なだけで別人だと判断しただろうが。
二人はユークリウスにこんな才能があるとは思ってすらいないのだから。
「——あ、ルシル。向こうにアイスクリームの専門店があるよ。見た感じそれなりに客はいるね……よし」
シオドアは馬車を止めて先に降りた。
「ルシルはそこで待っててくれ。僕が直々に店主に話をつけてこよう」
「何をするの?」
「ただ席を空けてもらうだけさ。特別な席をね」
「まあ! ありがとうシオドア」
笑顔を絶やさない彼女に一時の別れを告げて、シオドアは店の中に入っていった。
他国の王族が権力を振りかざすなど普通に考えて非常識だ。
もてなされるなら問題はないが、自らひけらかすとなると……住民たちの印象は悪くなる。
だが彼は、愛しのルシルにカッコいいところを見せたくて調子に乗った。
相手の気持ちを考えずに無理やり席を作らせる。
そしてルシルもまた、シオドアの好意に甘えて何も考えなかった。
つくづく能天気な二人である。
そして席が空き、二人はそこに座る。
周りから数名の貴族が睨むように視線を向けるが、馬鹿な二人は気付かない。
楽しそうにアイスクリームを堪能した。
☆
アイスクリームを食べたあと。
二人は馬車に戻って再び移動する。
今度はルシルが欲しがっていた冷風機を見に行く。
後宮へ行くのは夕方からだ。時間は指定していないし、されていないがそれで良いと思っている。
相手への挨拶? そんなもの、二人の頭にはなかった。
好き勝手に楽しむ。
それ自体は問題ないのだろうが……問題があるとしたら、二人の行い。
「なに……? 冷風機が売ってないだと?」
冷風機を取り扱う店に来たシオドアたちは、しかしそこで衝撃的な話を聞かされる。
「は、はい。実は冷風機に必要な付与が難しく、一日に大量に生産できる者がほとんどいなくて……すでに完売しました。予約も承っていますし、もう数日ほど待っていただければ」
「それは……残念だ。だが解った。予約する。誰よりも早く冷風機を送ってくれ」
「申し訳ございませんが、お客様によって順番を変更するような真似は信頼に関わりますので」
「僕はエーレンフェルト王国の第一王子だぞ? それが解っているのか?」
「しかし……」
「とやかく言うな! お前は黙って僕の言うことに従っていればいい! たかがいち商会風情が!」
機嫌を悪くしたシオドアは、やや過剰に怒って店を出ていった。
それはシンプルに、ルシルにカッコいいところを見せられなかったからだ。
本当なら今すぐに購入できるはずだったのに、と。
「すまないな、ルシル。君に冷風機を送るのはもう少しだけ時間がかかるらしい」
「ううん。いいの。シオドアに売れないなんて、あの店はダメだわ。他の店を探してみましょう」
「そうだね。帝都は広いし一つくらい売ってる店があるだろう」
彼女の提案に頷き、シオドアは馬車に乗り込んだ。
二人は素知らぬ顔で移動を再開する。
遅れて、この情報が後宮の——エルネスタの下へ届けられることになる。
彼女は頭を痛めた。
調子に乗りすぎだ、と。
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