第21話 ちょっとした不穏

 メロウ小王国、第一王女アリア。

 彼女の依頼で呪いを解くための魔法道具を作ることになった。


 俺は異世界転生して、ユークリウスとして初めて作る魔法道具の製作に四苦八苦する。


 目の前に積まれた何冊もの本に目を通し、実際に運ばれてきた解呪の魔法道具を見つめながら魔法ペンを持つ。

 何度も式を刻みながら自らの拙さに絶望した。


 解呪の魔法道具自体が、効果の大小にかかわらず難しい。幾度も式が刻み、幾度もそれをダメにした。


 ゴミが部屋中に散乱する。それをエルネスタ専属のメイドが片付ける。

 エルネスタ自身が俺の手伝いをしてくれることもあるが、極限まで集中するためにほとんど部屋にはいなかった。


 黙々と一人で魔法道具を作る。


 そんな日々が数日、一週間と経ち、やがて生誕祭のパーティーの日がやってきた。


 一度俺は作業を中断し、疲れ果てた状態でベッドに転がる。

 あと二時間もすればパーティー会場へ向かわなきゃいかない。本当は一秒でも時間を無駄にしたくないし、やる気があるうちに魔法道具を作りたかった。


 しかし、対外的な意味を含めてパーティーには出席しないと。エルネスタと俺がいることはパーティーに参加するメンバーにはすでに伝えられているのだから。




「ハァ……めんどくさ」


 思わず愚痴が漏れる。

 近くにいたエルネスタが、俺の隣に腰を下ろして頭を撫でてくれた。


「気持ちはよくわかりますよ、ユークリウス様。頑張ってましたものね」

「まだまだ先には進めてないけど、少しずつ感覚は掴んできているんだ。ごめんね、嫌なこと言って」

「いいえ。わたくしも内心ではパーティーになど参加してほしくありません。面白いくないですから」

「皇女様がそれを言うのかい?」

「皇女だからこそ、飽きました」


 くすりと彼女はわざっぽく笑う。

 俺のことを気遣ってくれているのは明白だな。本心でもあるっぽいけど。


「ありがとう、エルネスタ。君がいてくれてよかった」


 そう言って俺は起き上がる。彼女を抱き締め、柔らかな唇にキスをする。


 最近、仕事で忙しくて彼女の相手ができていない。それらの謝罪も籠めている。

 が、エルネスタの反応は俺の予想とは違った。

 ぽー、と顔が赤くなり、徐々に鼻息が荒くなる。不思議と背筋がひやりとした。


「ゆ、ユークリウス様が……ふへ」

「ふへ?」


 なんだ今の声。


「この後はパーティーなんですよ? こんな真似されたら、ユークリウス様を襲いたくなるじゃないですか!」

「おわっ」


 がばっとエルネスタに覆いかぶさられる。馬乗り状態で彼女は俺を見下ろした。

 その瞳にどす黒い欲望が宿っている。


「お、落ち着け! エルネスタ! こんな所で何を……」

「わたくしの部屋の中なので心配ありません。すぐに終わらせますとも」

「あと二時間だぞ⁉ ダメに決まってるだろ! ——って力つよっ⁉」


 彼女を無理やり俺の上から下ろそうとするが、両腕を掴まれてうまく動けない。それを振り払うことすらできず、俺は本気で危機感を抱く。


 けれどそこはしっかり注意する者がいた。

 背後に立ったメイドが、がしりと彼女の肩を掴む。


「エルネスタ殿下」

「な、何を。今、わたくしはとても忙しい——」

「これよりパーティーのための準備を行います。急いでください」

「あっ」


 彼女はメイドに連れ去られていった。がちゃりと部屋の扉が開いて閉じる。


 悲鳴を漏らす暇なく消えたエルネスタ。彼女がいなくなった後、再びベッドに寝転がったまま俺は呟く。


「女って怖い」











 準備を整えて俺も部屋を出た。

 きっちりとした正装に身を包むのは少し久しぶりだな。ユークリウスの記憶だと、最後にこういう服を着たのは、断罪された時の卒業パーティー以来だ。


 嫌な記憶を思い出しつつ廊下を歩いていくと、王宮の一角、階段の下に彼女はいた。

 煌びやかなドレスに身を包むエルネスタが。


 彼女も俺に気づき、視線をこちらに向ける。


「あ、ユークリウス様! その服、よく似合っていますね」

「エルネスタ……殿下こそ、女神のごとき美しさですね」

「も、もう! そんなこと言っても何も出ませんよ!」


 ばしん、とおもいきり肩を叩かれた。クソ痛い。


「それより早く行きましょう。少しばかり遅れてしまいます」

「ですね」


 俺とエルネスタは肩を並べてパーティー会場へと向かう。

 王宮の中に住んでいるおかげで、パーティー会場はすぐそばだ。徐々に聞こえてくる貴族たちの声に耳を傾けながら、俺たちはくだらない話に花を咲かせた。











「これはこれは! あなたが帝国の天才付与師と呼ばれるユークリウス殿ですかな?」


 パーティー会場に入ってしばらく、エルネスタの挨拶に付き合っていると、糸目の優男って感じの貴族子息に声をかけられる。


 糸目キャラって怪しいよなぁ、無駄に。

 そんなことを思いながらぺこりと頭を下げた。


「天才などと大袈裟に周りが騒いでいるだけです。私はまだまだ未熟者ですよ」

「ははは! ご謙遜を。貴殿が作った魔法道具を私も購入しました。実に素晴らしい」

「ありがとうございます」

「よかったら私のために魔法道具を作っていただけませんかね? 面白い話がありまして」


「面白い話?」


「ええ。メロウ小王国は小さな国ではありますが立派な国です。私も領地をもらった貴族の子息。最近、魔物などの悩みが尽きません」

「それはまた……よくある話ですね」

「はい。ですので、何か魔物避けの魔法道具などあれば欲しいのですが」

「魔物避け……申し訳ありません。その手の魔法道具を作ったことがないんです」

「そうでしたか。残念ですね」 


 糸目の男性は本当に残念そうに肩を撫で下ろした。


「では身を守るための魔法道具はどうでしょう? 最近、我が国でも治安が悪化していると噂ですし」


「え? 治安が悪化しているんですか?」


 俺は魔法道具よりそちらのほうが気になってしまった。なんとなく、本当になんとなく気になった。


 すると糸目の男性は、こくりと頷いて続ける。


「詳しくは知りませんが、怪しい組織が裏で動いているとかなんとか」

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