第20話 新たな試み
エルネスタの部屋を訪れたアリア殿下は、付与魔法が使える俺に母親の呪いを解くための魔法道具作りを依頼した。
本来、魔法道具とは自衛のためのアイテムだ。すでに侵された病を治すための力はない。それは治癒や回復、浄化系統の魔法ができること。
付与魔法でも似たアイテムは作れるが、効果を弾く物より遥かに製作の難易度が跳ね上がる。
ゆえに、俺は躊躇した。
彼女の願いを拒み、あまつさえ王妃を見殺しにしようとした。
しかし、それを止めたのはエルネスタだった。彼女は俺ならできる、あるいは試す分には無意味じゃないと俺を説得する。
もしかしたら別に断ってもいいという意味だった可能性もあるが、今更泣き言は言わない。覚悟を決めて魔法道具の製作に乗り出す。
微かな希望にさえ縋るほどのアリア殿下は、俺が了承するなり大粒の涙をぼろぼろと零した。さっきより泣き顔が酷くなっている。
「あ……ありがとうございます!」
何度も何度も鼻声で彼女は感謝した。なんだか照れくさい気持ちになるな。
「顔を上げてください、アリア殿下。それ以上泣くと熱が出てしまいますよ」
「す、すみません……ホッとしたら涙が止まらなくて……」
「気持ちはよくわかります。けど、残りの涙は取っておいてください」
「取っておく?」
「無事、目当ての魔法道具が作れるまで」
「ユークリウス様……」
赤く腫れた目元をやや隠しながら、アリア殿下はもう一度深く頭を下げた。
そして俺の過酷な日々が始まる。
☆
アリア殿下が部屋を出ていった後、ソファに座ったままの俺は考える。
「さて……どうやって解呪のアイテムを作るか」
ぶっちゃけこの手の魔法道具は作ったことがない。経験もないのにいきなり作れというのは無理がある。
だが、家電製品を再現した魔法道具は問題なく作れた。あれと同じように、要は物に解呪の効果を与えればいい。それもかなり強力なものが必要になる。
「アリア殿下の手前、ユークリウス様に無茶なことを言ってしまいましたが……平気ですか? 付与魔法が使えないわたくしにもどれだけ大変なことかわかります」
「そうだね……成功する確率はよくて二十パーセント。仮に十回作っても八回は失敗する見込みかな」
「逆に二割もの確率で成功すると?」
「それも一つ一つに馬鹿みたいな時間をかけて、ね」
一朝一夕では魔法道具は作れない。家電みたいなタイプとは刻む式も大きく異なる。
まずは解呪に関連した本を集めて知識を深めるところから始めないと。イメージもしつつ、繊細な魔力調整が必要になる。
「わたくしにできることがあったら何でも言ってくださいね」
「ありがとう。じゃあ、帰られたアリア殿下に伝えてくれるかな? 解呪に関係した魔法道具と、それに関する資料がほしいって」
「わかりました。他には何が?」
「適当……だと困るか。何か魔法道具の元になるアクセサリーと大量の魔石も。特に魔石は小さくても高級なやつをお願い」
「解呪ができる魔法道具に、資料。アクセサリーと魔石ですね。お任せください!」
張り切ってエルネスタは部屋を出ていった。これで魔法道具の製作に必要な物はあらかた手に入るだろう。
後は根気強く魔法式を刻んでいくだけ。
言葉にすると簡単に思えるが、目隠しした状態で複雑な絵を完璧に描けと言われているようなもの。ゼロから始めるにはあまりにも過酷だった。
☆
アリア殿下の専属メイドが、次から次へと本をテーブルの上に積み重ねていく。
あれが全て解呪に関係した資料なのか……。俺の想像以上に量があってビビる。全部読み切れるかな?
「こちら王家が所有する魔法道具になります。壊してくださっても構わないとアリア殿下が」
「こ、壊しませんよ……さすがに」
「新たな魔法道具のためなら、バラバラにしてもいい、という意味ですね」
「魔法式さえ読み取れればいいので壊す必要はありません。ありがとうございました」
「いえ。王妃様をどうか……どうかよろしくお願いします!」
泣きそうな声でメイドの女性はそう告げた。絞り出すような声だった。
さらにプレッシャーをかけられた俺は、
「が、頑張ります……」
と力なく笑って答える。
いよいよもって失敗は許されないって空気だな。
平民かつただの付与師には重い期待だ。けどまあ、やれなくもないだろう。
頑張ってまずは本を読むところから始めた。
最初の期限は一週間とちょっと。そのくらい経つと生誕祭を祝うパーティーが開かれる。
元々俺とエルネスタはそのパーティーに参加するためにメロウ小王国へ来た。一度パーティーに参加しないといけない。
というか、確実にパーティーが終わるまでに魔法道具は完成しない。その後のことはどうするんだろう。
ちらりと隣に座るエルネスタに声をかけた。
「なぁ、エルネスタ」
「? なんでしょうか」
「俺の魔法道具作りは結構長引くと思う」
「はい。そのようですね」
「少なくとも生誕祭のパーティーは過ぎると思うけど、滞在期間とか皇帝陛下になんて言おう」
連絡なしに他国の皇女が帰らないとなるとかなりまずいのでは?
そう思った俺に、彼女はくすりと笑って言った。
「ご安心を。すでに陛下への手紙は送ってあります」
「いつの間に」
「先ほどアリア殿下の下へ向かった際に、彼女と話し合って決めました」
「アリア殿下はなんて?」
「魔法道具が完成するまであちらが全ての滞在費用などをもつと」
「至れり尽くせりだね」
「それだけユークリウス様に期待しているんでしょう。頑張ってくださいね」
「エルネスタまで俺にプレッシャーをかけないでくれ。できることにも限界はあるよ」
俺は完璧超人なんかじゃない。ただのどこにでもいる普通の男だ。
「ふふ。ユークリウス様ならなんとかなる。そんな予感がするんですよ」
「ありがたい信頼で」
はは……と乾いた笑い声を漏らしながら、次々に本を読んでいく。
しばらく俺は部屋から出ることすらできなかった。
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