第19話 呪い

 俺……いや、エルネスタの部屋に入ってきたメロウ小王国の第一王女アリア。

 彼女は、軽く挨拶を済ませると単刀直入に言った。


 俺に頼みたいことがある、と。




「お願い、ですか」


 俺は首を傾げる。帝国に比べればメロウ小王国は小さな国だ。それでも彼女は一刻の王女。俺ごときに何かを頼むような人間には見えないが……。


「はい。とても大切な話です。ここでの話は、決して外に漏らさないでください」

「わかりました」


 別に誰彼構わず吹聴したりする趣味はない。こくりと俺は頷いた。

 途端にアリア殿下は頭を下げる。


「ありがとうございます。こちらの都合を押し付けるようで心苦しいですが、誰にでも聞かせられる内容ではありませんので」

「ずいぶんと重そうな話ですね」

「この国の王妃の話ですから」

「王妃?」


 メロウ小王国の王妃の話……何かが引っかかる。喉元に刺さった小骨を取るように、俺はゆっくりと記憶を漁った。

 少しして、該当する記憶があった。

 ユークリウスの記憶じゃない。これは前世の俺が知る記憶だ。


 ようやく思い出す。ずっとモヤモヤしていた正体に。


「——ッ」


 答えを知った瞬間に体が震える。思わず声に出して言いそうになった。だが、なんとか寸でのところで留まる。


「ユークリウス様? どうしました」


 俺の様子にエルネスタが声をかけた。さすがに彼女は目敏いな。今の一瞬で何かに気づいた。

 しかし、これはおそらくアリア殿下が俺に伝えたい内容と同じだ。であれば、俺の口から言うのはおかしいし違う。

 首を横に振って否定した。


「う、ううん、なんでもない。続きをどうぞ、アリア殿下」


 じんわりと汗をかきながらもアリア殿下に続きを促す。

 彼女は頷き答え合わせをする。


「実は……今、我が国の王妃が体調を崩しています」

「病気でしょうか?」


 エルネスタが訊ねる。けれどアリア殿下は首を左右に振った。違うらしい。


「いいえ。頭痛や風邪、腹痛の類ではありません。もっと恐ろしいものです」

「恐ろしいもの?」


「——呪い」


 アリア殿下が呟いた。その言葉を聞いた途端、エルネスタの肩がびくりと跳ねる。


「の、呪い? 誰かを呪い、様々な不幸や不調を招くという?」

「その呪いであっています。王妃は何者かに呪いをかけられてしまいました」

「かけた人間はわかっていないんですか?」


 今度は俺が訊ねる。これもまたアリア殿下は首を横に振った。


「わかっていません。王妃が呪いを受けたのは、厳密には人間からではないので」


「というと……呪いのアイテムですか」


「はい。たまたま商人から購入したペンダントに呪いが籠められていました」

「ならその商人が怪しいのでは?」

「それが……その商人はずっと昔から王家と取引を行っている商会の代表で、その者に呪いを扱う適性はなかったのです」

「そうなると仕入れた段階、もしくは売る前に何者かが呪いをかけた? いや、そもそもどうしてその商人は呪いの影響を受けなかったんだ?」


 ここで話がおかしくなる。

 普通、装着者に呪いをかける類のアイテムは、触れた時点で呪いが発動する。真っ先に呪いを受けるのは、売る際にも手渡ししたであろう商人か護衛の騎士だ。


 にもかかわらず、呪いを受けたのは王妃のみ。実におかしい。


「専門家の話によると、呪いの発動条件を術者本人が弄った可能性があります」

「呪いの発動条件を弄る? そんなことが可能なんですか?」

「よほど高位の呪術が使えるんでしょうね。呪いを受けた際にペンダントに触れた他の使用人たちも無事です。その代わり、呪いの効果が強い。母もずっと寝たきりで、このままだと長くは生きられないと告げられました……」

「…………」


 さすがに俺もエルネスタも絶句する。

 まさに重すぎる話だった。国王に比べたらまだマシだ。王妃の替えはいくらでもいる。


 けど、第一王女のアリアは王妃の娘。そこに替えはない。

 彼女がわざわざ俺に声をかけた理由がわかるな。


「そこで、帝国の天才付与師と呼ばれるユークリウス様に、どうしてもお願いがあります」


 きた。ここまでくれば俺もエルネスタも彼女の望みが何かわかる。




「どうか……どうか! 母のために呪いを解く魔法道具を作ってください‼」




 バッと涙を流しながらアリアが頭を下げた。


 今回俺を生誕祭に招待したのはこの話をするためだったんだろう。

 付与師の仕事は基本的に冒険者や貴族、王族のために特別なアイテムを作ることだ。

 それは毒を無効化したり、健康を維持したり、戦闘で用いたりする物。俺みたいに生活に使う魔法道具を開発する人はほとんどいないらしい。

 魔物と呼ばれる危険な存在がいる世界特有の価値観だなとは思う。


 そして俺は今まで一度もその手のアイテムを作ったことがない。全て生活に使える道具ばかりだ。

 ゆえに、


「——難しい、と言わざるを得ませんね」


「ッ!」


 簡潔に返事を返す。

 びくりとアリア王女の肩が震えた。


「ご存じの通りかと思いますが、付与の中でも解呪かなり難易度が高いと言われています。風邪や毒とは比べ物にすらならない」


 呪いは普通の状態異常ではない。毒無効のネックレスを作ろうと防ぐことはできないのだ。


 そもそも何かを弾くために魔法道具を見に付ける。あくまで防御用のアイテムにすぎない。

 彼女が俺に作ってほしいというのは、すでに影響を受けている者に効くアイテムだ。毒無効のネックレスも、毒を受けた状態で装備しても効果は発揮されない。あくまで毒物を弾くのであって消すわけじゃないんだ。


 当然、弾くタイプより製作難易度は跳ね上がる。


 ただでさえ難しい呪いに関するアイテム。それも解呪となると……世界でどれくらいの人間が作れるのか。

 正直、自信はなかった。


「無理を言ってる自覚はあります。我が国にいる一番の付与師にもお願いしましたが、完成させることができませんでした。しかし、これまで見たこともない魔法道具を作るあなた様なら!」

「俺は完璧超人でも天才でもありません。偶然売れる物を作ったにすぎない。付与は特殊でも、特別な技術ではないんですよ」

「それでも藁にも縋る思いで私はここに来ました。お願いします」


 彼女はずっと頭を下げている。一国の王女が、平民の俺なんかに。


 ポタポタ床に垂れる涙が、鼻声が、彼女の心中を表していた。

 どうにかしてやりたいが、とても彼女の母親が死ぬまでに作れる物なのか? 作ったことがないからわからない。


 なんとなくできそうな気もするけど、人死にが関わってるとなると不安材料が大きすぎる。

 即断できず俺はひたすら思考を巡らせた。


 そんな時、隣に座っているエルネスタが言った。


「——やりましょうよ、ユークリウス様」


「エルネスタ?」

「私はアリア殿下と仲良しです。それなりの付き合いだと自負しています」

「そうですね」

「もちろん彼女の両親、国王陛下や王妃様とも話をしたことがあります。とても見捨てられません」

「でも……いや、それは逃げか」


 彼女の真剣な表情を見ていたら、一人恐れているのが馬鹿らしくなる。

 失敗はアリアも覚悟の上だろう。俺にしかできない可能性があるなら、やれるだけやってみる価値はある。


 エルネスタに言われて初めて、俺はそんな当たり前のことに気づいた。不安ばかりに気を取られ、意識がネガティブになってたな。


 グッと拳を握り締め、対面のアリア殿下を見つめる。

 覚悟は決まった。まあ、なんとかなるだろう。




「わかりました、アリア殿下。死力を尽くして解呪の魔法道具を作ってみましょう」


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