第5話 アイスクリーム革命?
ベヒモス様の前でぽろっと零した〝アイスクリーム〟。
俺の前世ではありふれた氷菓子だったが、どうやらこの異世界には存在しないらしい。
アイスクリームがないことも驚きだが、何よりベヒモス様がそれを所望したことが一番の驚きだった。
もしかしてベヒモス様って食いしん坊キャラなのか?
「あ、アイスクリームを……ベヒモス様が食べるんですか?」
『うむ。そろそろ暑くなってくる頃だからな。冷たいお菓子を食べたくもなる』
「さっきエルネスタ殿下が、ベヒモス様には気候は関係ないと……」
『気分の問題じゃ!』
グアアアア! とベヒモス様が叫ぶ。
図体のデカさから察することができるように、ベヒモス様の声はデカい。
先ほどまでは小さく抑えていたが、いざ叫ばれると、空気が震えて鼓膜が破れそうになった。
隣のエルネスタ殿下も俺と同じように耳を塞いでいる。
「わ、解りました。素人料理でもよければ作らせていただきます。ただ、冷やすのに時間がかかるため、それだけはご了承ください」
『かたじけないのう。楽しみに待っているぞ』
ベヒモス様に見送られ、俺とエルネスタ殿下は一度厨房へと向かった。
☆
王宮の一角、厨房。
忙しなくプロの料理人たちがあちこちを歩き回る中、エルネスタ殿下の権限で厨房の一角を借りた俺は、目の前に必要な材料を揃えて料理を始める。
「これがアイスクリームとやらを作るのに必要な材料ですか?」
隣に並んだエルネスタ殿下が、まな板の傍に置いてある卵やら牛乳、砂糖などを見て俺に訊ねる。
俺は頷いた。
「そうですよ。言ったでしょ? 難しい料理ではないと」
言いながら、早速調理を始める。
と言っても本当に難しいことは何もない。
材料をぶち込んで混ぜて固めるだけだ。
しいて言うなら、この世界には生クリームもバニラビーンズもない。生クリームはそれっぽいのを自作してみたが、さすがに中途半端。
前世ほどの味は出せないだろう。
だが、元々アイスクリームを知らない世界だ。それでもベヒモス様が満足してくれることを祈る。
一番大変な混ぜる工程で腕を痛めながらも、俺は全力でアイスクリームを作った。
思わず前世の調理実習を思い出す。もう十年ほど昔の話だが。
☆
翌日。
アイスクリームが完成した。
材料を全てぶち込み、混ぜて、固めて冷やしたアイスクリーム。
何度も固まっては混ぜる。固まっては混ぜるを繰り返した結果、満足のいく状態にするまで何時間もかかった。
これじゃあさすがにその日のうちに出すのはなあ、と考え、ベヒモス様にお出しするのは翌日になる。
今日も今日とて、満面の笑みを浮かべたエルネスタ殿下に鎖付きの手錠をはめられ連行された。
たった一日で慣れた俺って凄いだろ? もう諦めてるんだぜ、これ。
エルネスタ殿下曰く、「わたくしもユークリウス様に縛ってほしいんですけどね」とかなんとか。
恐ろしいので丁重にお断りした。
せめてそういうのはもっと仲が深まってからにしてほしい。
そんなこんなで彼女とともにアイスクリームを持ってベヒモス様の下へ。
エルネスタ殿下もまだアイスクリームを食べていない。
ベヒモス様が所望した物は、まずベヒモス様の口へ。それがルールだという。
めんどくせぇと思った。
「ベヒモス様、昨日ぶりですね」
『おお、エルネスタ。それにユークリウス。お主たちのことを待っていたぞ! 首が長くなってしまった』
お変わりないようですがそれは。
「大変お待たせしました。こちらが昨日話したアイスクリームです。お口に合えばいいんですが……」
アイスクリームの乗った皿を差し出す。
しかし、よくよく考えなくてもベヒモス様のサイズに合っていない。
人間サイズで構いませんよ、とエルネスタ殿下は言ったが、ベヒモス様に比べると俺の用意したアイスクリームは豆粒だな。
あれじゃ味すらよく解らないのでは?
首を傾げる俺の前で、唐突にベヒモス様が——光った。
目が眩むほどの光……ではないが、眩しさに腕で陰を作る。
すると、光の形がぐにゃぐにゃと歪み、次第にその大きさを縮めていく。
まさか、と思った矢先、ベヒモス様だったものが人間サイズにまで小さくなった。
やがて光が消え——。
『これでよし、と。さあさあ、新たな甘味を楽しむとしようぞ!』
ベヒモス様とまったく同じ声の女性が現れた。
俺は驚きのあまり、隣にいるエルネスタ殿下を凝視しながら口をパクパクと開閉させる。
彼女はくすりと笑って俺の疑問に答えてくれた。
「ベヒモス様は自分の意志で体の大きさを変えることができます。当然、人間に変身することも」
「へ、へぇ……」
それはまた凄い情報だ。原作をプレイした俺も知らない。
なぜならベヒモス様は原作において出番のないキャラクターだからだ。
どちらかと言うと王国側にいる守り神のほうが詳しいかな。あっちは地味に出番がある。
『んんッ⁉ こ、これは……』
そうこう考えているうちに、ベヒモス様がアイスクリームをもぐもぐ食べていた。
キラキラと輝く緑色の瞳をこちらに向けた。
『美味い! 美味いぞユークリウス! なんと甘く蕩ける味じゃ!』
「それは何よりです。まだおかわりはありますから、お好きに食べてくださいね。ただ、氷菓子は大量に摂取するとお腹を下す恐れもありますので……」
『問題ない! 妾は腹痛とは無縁だ!』
そういう問題なのか?
まあ、確かに世界を滅ぼせるほどの獣が、腹痛や腹下しを訴えるとも思えない。
納得し、俺はベヒモス様におかわりを手渡した。
彼女は尚もガツガツとアイスクリームを食べる。
「ふふ。ベヒモス様は美味しそうに食べますわね。わたくしもそろそろいただいてよろしいかしら?」
「どうぞ、エルネスタ殿下」
彼女にもアイスクリームの乗った皿を渡す。
スプーンで掬い、優雅に一口。
直後、エルネスタ殿下は目を見開いた。
「お、美味しい……! 冷たく、濃厚。それでいてすっきりとしたこの喉越し!」
バッと彼女は俺の顔を見る。
「ユークリウス様!」
「は、はい」
「このアイスクリームのレシピはありますか? というか、これのレシピを特許申請しましょう! 売れますよ‼」
「え? 特許申請?」
売れるの、これ? なんちゃってアイスクリームだよ?
首を傾げる俺に、彼女は一歩詰め寄って頷いた。
「はい! こんな美味しい食べ物、王家だけが独占するのはもったいないです! 沢山の人に食べてもらいましょう!」
「そ、そうですね……いい考えだと思います」
「では、後ほどレシピをください!」
「解り……ました」
凄い熱意だなエルネスタ殿下。
冷風機の時もそうだが、彼女は悪役にならなかったらこんなに民想いの人間だったのか。
原作ではそれはもう酷いキャラクターだった。
嫉妬に塗れ、心をぐちゃぐちゃにしながらヒロインを蹴落とそうとする。
やがて手段すら選ばなくなった彼女は、最後に絶望の淵に叩き落とされてしまう。
なんだか、無性に嬉しかった。
目の前にいる彼女が、平穏に、楽しそうに笑えていることが。
……まあ、俺は監禁されてるがな。
『最高じゃ! ユークリウスの料理はまっことあっぱれ! もし他にも面白い料理があったら、ぜひ妾に食べさせておくれ。いいか? ユークリウス』
たらふくアイスクリームを食べたベヒモス様は、目も眩むような美しい笑顔で俺にそう言った。
もちろん断ることはできない。
前世の料理なら他にも幾つか作れる物はある。俺は素直にこくりと頷いた。
「お任せください、ベヒモス様。今や俺も帝国の臣民。ベヒモス様のためなら、何度でも作りましょう」
『すまぬな。代わりに、何か困ったことがあれば妾が力を貸そう。得意技は「脅し」と「破壊」じゃ』
「あ、ありがとうございます……頼りにしてますね」
世界すら壊せるあなたの力を借りることはたぶんないと思います。
でも、本当に頼もしい人? を味方につけることができた。
エルネスタ殿下には感謝しないといけないな。
……まあ、俺は監禁されてるけど。
ちなみに俺がアイスクリームのレシピを特許申請したところ、帝国貴族の間で馬鹿みたいに流行ったとかなんとか。
それはまた少し未来の話である。
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