第23話 解呪の結果

 解呪の魔法道具が完成した。


 たった一つ作るのにおよそ一ヶ月もかかった。

 その甲斐もあってか、自分なりにいい物が作れたと思う。


 完成した魔法道具——ペンダントを持ち、僕とエルネスタは部屋を出た。

 俺たちを先導するのは、アリア殿下の専属メイドだ。


 彼女にはすでに解呪の魔法道具が完成したことを伝えてある。


 これから向かうのは、アリア殿下の母——王妃殿下が眠る部屋だ。

 普段は立ち入り禁止の場所で、王族くらいしか入れないらしい。

 そこで俺の魔法道具が有効かどうかを試す。


 しばらく長い廊下を歩き、幾つかの角を曲がって一番奥の部屋に辿り着いた。

 部屋の前には屈強な兵士が何人も並んでいる。実に物々しい。


「ここが王妃殿下の部屋ですか」

「はい。すでに中にはアリア殿下がいらっしゃいます。どうぞ、お入りください」


 コンコン、とメイドの女性が扉をノックした後、ゆっくり扉が開かれる。


 エルネスタを先頭に俺が部屋の中に入ると、広々とした空間の先に大きなベッドが設置されていた。そこに、仰向けに寝た女性が一人。


 美しい女性だった。どこかアリア殿下の面影を感じる。

 彼女が呪いを受けた王妃殿下か。


「いらっしゃいませ、エルネスタ殿下、ユークリウス様」

「お久しぶりでございます、アリア殿下」


 俺は恭しく頭を下げた。


 彼女は逸る気持ちを抑えながらも単刀直入に訊ねてくる。


「そちらが完成した魔法道具ですか?」

「はい。ようやく一つ目の魔法道具を作り出すことに成功しました」


 そう言ってアリア殿下にペンダントを見せる。見てくれは普通の——高級なペンダントだ。

 しかし、裏側には魔石がはめこまれており、複雑な魔法式が刻まれている。


 小さなペンダントに魔法式を刻むのは大変だった……かと言って大きなものに刻んでは持ち運ぶのに適さない。

 今後のことを考えて、俺はめっちゃ頑張った。


「その魔法道具があれば、母を助けられるのですね」

「確実ではありません。解っていると思いますが、呪いの効力のほうが強い場合、解呪に失敗します」

「そうでした……すみません。すぐにでも母を呪いから解放したくて」

「いえ、お気持ちはお察しします。例え今回の魔法道具が失敗に終わっても、次はさらに早く二つ目の魔法道具を作りますよ。何度でも」

「ありがとうございます、ユークリウス様。もはや我々はあなた様しか頼れない」


 今にも泣きそうな声でアリア殿下はそう呟いた。


 俺の肩にはあまりにも重すぎる期待だ。しかし、叶えてあげたいと思う。


 挨拶もそこそこに、俺は魔法道具を持って王妃殿下の傍に寄る。

 近づいてみて解ったが、王妃殿下の体からは負のオーラがありありと出ていた。これが呪いか。


 目の前にすると体が少しだけ震えた。


「大丈夫ですか、ユークリウス様」


 俺の様子に気づいたアリア殿下が声をかけてくれる。


「は、はい。直に目にすると呪いがいかに邪悪なものか解りますね」

「気をつけてください。移ることはありませんが、万が一ということもあります」

「解っています。とりあえず今はこのペンダントを王妃殿下の上に置かせてもらいますね」


 彼女が頷くのを確認してから、俺はゆっくりとペンダントを彼女の腹の上に置いた。

 布団越しでもこれだけ近ければ効果は発揮されるだろう。


 すでに魔石ははめてある。後は呪いに打ち勝つかどうかだ。

 俺たちは静かにその結果を待った。


 すると、


「ッ⁉」


 急に魔法道具が強い光を帯びた。浄化の作用だろう。あまりの輝きに俺たちは目を瞑る。


 光はそれほど長くは続かなかった。

 やがて効力を失っていき、徐々に光が消える。

 俺たちが次に目を開けると……。


「お、王妃殿下の体を覆っていた呪いが……き、消えてる?」


 真っ先に気づいたのは、王妃殿下の体。

 先ほどまでは震えがくるほどの悪寒を感じたのに、今はそれがない。


 黒いモヤみたいなものもなくなった。この様子だと俺の魔法道具は……。




「もしかして、呪いを打ち消したのか?」




 その問いは、王妃殿下が目を覚ましたことで答えが出た。


 彼女は、瞼を持ち上げて目を開く。次いで、横にいる俺やアリア殿下を見た。


「あ、りあ……? それに、あなた、は……」


 呪いでずいぶん憔悴しているのか、声に力がない。

 それでも間違いなく王妃が目覚めた。


 弾かれるように隣のアリア殿下が王妃に近づく。

 その瞳には溢れるほどの涙が。


「お母様! お母様! よかった……目が、覚めたんですね……!」

「私は、一体……」


 ただごとではない娘の様子に、王妃殿下はひたすら困惑していた。


 室内にはアリア殿下の泣き声ばかりが響く。


 俺もエルネスタも、彼女に一言断ってから部屋を出た。

 部屋の前にいたアリア殿下専属のメイドに解呪の件を話し、嬉し泣きする彼女をよそに自分たちの部屋へと戻る。


 よかった、一発で成功して。


 いまだ聞こえてくるアリア殿下たちの泣き声を聞きながら、確かな満足感を抱くのだった。

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