第27話 捕食者エルネスタ
パカパカと馬の足音が聞こえる。
目を開けると、窓から差し込むわずかな陽光に気づく。
直後、隣からエルネスタの声が聞こえてきた。
「あ、起きましたか? おはようございます、ユークリウス様」
「エルネスタ……もしかして、俺、寝てた?」
「はい。ここ最近の疲労が一気にきたのでしょうね。十分ほど寝ていましたよ」
「十分か。ならよかった。そろそろ帝都に到着する頃かな?」
どうやら俺は彼女の体にもたれかかっていたらしい。
体を離し、グッと背筋を軽く伸ばした。
「はい。まもなく正門が見えてきます。お疲れ様でした、ユークリウス様」
「エルネスタもお疲れ様」
「わたくしは全然疲れていませんよ。忙しかったのはユークリウス様だけじゃないですか」
「そう……なのかな」
「そうですよ。解呪の魔法道具作りに一ヶ月もメロウ小王国にいましたから」
「あはは……そういえば、どうしてエルネスタは長くかかるかもしれない魔法道具作りを、あの場で許可したの?」
今さらながらもの凄く気になる疑問が生まれた。
エルネスタは俺に言ったのだ。解呪の魔法道具は、本来年単位で完成させる代物だと。
しかし、いくらなんでも一年以上かけて魔法道具など作れない。先に帝都に戻るべきだ。
けれど彼女は一切の文句を言わずに滞在を許可した。
俺が短期間で魔法道具を完成させると予感していたのかな?
「もちろん途中で帰るつもりでしたよ」
「え?」
「解呪の魔法道具は時間がかかりますからね。一ヶ月……あるいは二ヶ月ほどで帰ろうと思っていました。メロウ小王国に滞在したのは、少しでもユークリウス様が集中できるようにという配慮です。あとは……まあ、アリア殿下のためですね」
「アリア殿下のため?」
「万が一にも短期間で魔法道具が完成すれば、すぐにでも呪いを解きたいと考えるのが人情というもの。まさか「あるいは」と思っていた通りに、たった一ヶ月で完成させるとは」
彼女はくすくすと笑った。
最初から帰る気はあったらしい。
だが、俺の才能ならごくごくわずかに、想定を超える速さで完成させられるかも——と考え、滞在することにした。
リフレッシュも兼ねていたのかな? たしかに俺一人を残せばエルネスタが心配するし、帝都だと他にも仕事がある。
それらを気にしないように配慮してくれたのだろう。
材料費なども向こうがどんどん出してくれたし、エルネスタ自身、早く完成することを祈っていたのかもしれない。
つくづく、俺の婚約者はいい女だな。
「そっか。期待に応えられてよかったよ」
「はい。途中、もの凄い速さで魔法道具が作られていったので、信じた甲斐がありました」
なるほど。作業工程を見て滞在期間を調整していたのか。
もう少し遅れていたら、今ごろ帝都の宮殿にいたのかもしれない。
「でも、残念ですね」
「ん? 残念?」
「旅行……お休みもこれで終わりです。明日からはまた仕事がたんまりと舞い込んできます。ユークリウス様もやりたいことがあるんでしょう?」
「あー……そうだね。商会長や商業ギルドのギルドマスターからは、何か新しい物が他にもないのかってよく訊かれてたし」
「では、新たに解呪の魔法道具を作ったあとは、またいつも通りの日常ですね」
「うん。ちょっとだけ心残りもあるけどね」
「心残り?」
こてん、とエルネスタが首を傾げた。
そのカワイイ顔にちゅっとキスをする。
驚く彼女に俺は言った。
「こうやってエルネスタとイチャイチャできなかったことかな。メロウ小王国じゃ、ずっと魔法道具の製作にかかりっぱなしだったし」
最後の一日くらいじゃないかな? 彼女とイチャイチャできたのは。
反動で死ぬほど絞られたけど。
「も、もうっ! いきなりキスするなんて襲いますよ⁉」
「どんな脅迫?」
俺としては嬉しいようなまた絞られる恐怖があるような……複雑な気持ちを抱いた。
「けど、デートくらいはしたいね。また街でも見て歩こうよ」
「はい! 私もユークリウス様とデートがしたいです!」
「と言っても、しばらくは解呪の魔法道具を作らなくちゃいけないし……それが終わってからかな?」
「ですね。楽しみに待ってます」
「できるだけ早く完成させます」
自らの意志で首を絞める。
これもまた、愛ゆえに、だ。
馬車が正門をくぐり、さらに通りを歩いていって王宮を目指す。
久しぶりに見る帝都の景色は、不思議と懐かしさを感じた。
俺はもう、心の底まで立派な帝国の人間になったのかもしれない。
帝都に来てから、ほとんどエルネスタに監禁されて外には出掛けていないが。
「——あ、ちなみにですが」
「?」
「今夜は……ふふ。また、一緒に熱い夜を過ごせると思いますよ」
「————」
エルネスタの表情は完全に俺を誘っていた。
ぴたりとくっつき、異常なパワーで拘束される。
彼女の顔は捕食者のそれだ。
捕らえられた俺は……もう、逃げられない。
せっかく帰り道で回復した体力も、その日のうちにエルネスタに奪われてしまうのだった。
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