第27話 選ぶということ

 ユースラ滞在の最後の夜。本日泊まる予定のユララの家を見上げて、俺はあんぐりと口を開けた。家というよりはもはや屋敷だ。とてつもなくでかい洋館に気後れしながら俺はユララに訪ねる。


「良いところのお嬢様なんだっけ?」

「何よ今更。領主の娘って言ったじゃない。お父様は伯爵よ」

「伯爵。つまり貴族ってことだよな?」


 よく考えたらそれはそうなのだが、前世の価値観に引っ張られて市長ぐらいの地位を想像していた。


「貴族に会うのは初めてだな。緊張してきた。粗相があったらどうしよう」

「あたしも貴族なんだけど? お父様が怒ることなんて滅多に無いわよ。温厚な人だって市井しせいで評判なんだから。ほら行きましょ」


 ユララに手を引かれて門を通り、そのままどでかい玄関のドアをくぐる。


 そこには両手に剣を持って鬼の形相をした男が待ち構えていた。ユララと同じ青い髪に豪奢な服。これがユララの父だろうか。


「ユララを誑かしたのは貴様かァァァァッッ!!」

「めちゃくちゃ怒ってるじゃねえかオイッ!」

「お父様落ち着いてっ!」


 ユララが父を落ち着かせるまで、俺はブンブンと剣を振り回すユララ父から逃げ回った。



「いやー悪かったね。どうやら勘違いをしていたようだ」

「いえ、お気になさらず」


 俺がただの冒険者であり、明日には出発することまで伝えると、ようやくユララ父は納得してくれた。今はユララとその両親と一緒にテーブルを囲み、夕飯をご馳走になっている。流石貴族、上質な食事だ。柔らかく香ばしい肉料理に舌鼓を打ちながら、俺は父親の話を聞いていた。


「ユララは昔は病気がちでね。ベッドの中で勇者が活躍する本を読みながら育ったんだ。おかげで冒険者に憧れるお転婆になってしまった」


 ユララの身体が弱かったとは意外なエピソードだ。俺は元気に跳ね回るユララしか見たことがない。


「子供の頃から屋敷に引きこもっていた箱入り娘だ。とても冒険者に向いているとは思えない。なあユツドーくん、君からもユララに危ないことをしないように説得してくれないか」


 オタクの娘さん、ビッグゴブリンに骨折られて笑ってましたよ、とは言えない雰囲気だ。むしろ冒険者になるべくして生まれたような人間に見えるが、まあそれも俺から見たユララの一側面でしか無いのだろう。


 てっきり両親公認で冒険者をしているのかと思っていたが、そんなことは無さそうだった。まあ普通に考えてあんな危ないことを娘にはやらせたくあるまい。父親の言い分にユララは口を尖らせた。


「お父様ったらいっつもそれ。あたしが剣を持っているところも見たことがないじゃない」

「ユララ、僕は心配して言ってるんだよ」

「ユララちゃん、お父さんの言う事も聞いてあげて」


 父親と母親の両方に説得されてユララが沈黙する。ちなみに俺はユララの両親の主張は妥当だと思っている。俺がいなかったらビッグゴブリン相手に死んでいたかもしれないところを見ていると、まあ両親が心配するのもやむ無しといったところだろう。俯いたユララが「もし」と呟いた。


「もし、あたしが冒険の旅に出たいって言ったら?」

「絶対に反対だ。ユララ、ここでベイカー家に嫁ぐのが君にとって一番の幸せなんだよ」


 ユララ父が強い口調で言い切った。


 ユララがこちらを見る。まるで助けを求めるようだった。いや、事実助けを求めているのかもしれない。俺に身の上話をしたのも、ここに連れてきたのも、ユララの計画だったのかもしれない。


 ユララにとってはベイカー家と結婚してユースラを発展させたいのも真実、勇者に憧れて冒険者として旅をしたいのも真実だ。前者として生きていく決意をしたのに後者にも未練があるから、俺に後押しして欲しいのだ。


 きっとユララの中ではこういう道筋ができている。俺がユララの両親に力説する。ユララには冒険者としての才能がある、俺が責任を持って連れて行くから旅をするのを許してやって欲しい。こうして田舎娘は異世界転移者に見出されて、外の世界に出ることになる。年頃の少女によくある夢想だ。


 俺は目の前の果実酒を呷った。


「上手い酒だな」

「えっ? そうね。ユースラ自慢のお酒よ」


 ユララの目の前にも、同じ酒が置かれている。


「酒を飲んでいる。ユララは成人しているんだな」

「ええ、もう今年で16歳だもの」

「そうか、なら一人の対等な大人として俺の意見を言わせてもらうぞ」


 前世で俺は不幸を感じていた。会社のために身を粉にして働き、裏切られ、追い出された。そこは別にいい。問題は、それが本当に俺自身が選択した道だったのだと、最期に思えなかったことだ。周りに流されていなかったと、自信を持って言えなかったことだ。


「ユララ、俺はこの世界に来てから自由で幸福な生活をしてると思ってる。それは全てを俺の意思で決めているからだ。トテトテを連れて行くのも、ユースラに向かったのも、ユララと冒険したのも、一緒に連れ込み宿の温泉に入ったことも、ヂツノーペを食ったのも、カプーヤとパーティを組まないのも、全部俺の選択で、だからこそ自由で楽しい」


 もちろんこれは俺の一意見に過ぎないが、一緒に冒険をした対等な仲間として、自分の考えを伝えるのを怠ってはならないと、そう思った。


「両親に言われてユースラに残るのも、俺に連れられて旅に出るのも、どちらも不幸だ。それは周りの意見に流されているだけだからな。だからユララ、お前の未来はお前自身で考えて、お前自身で選んだほうがいい。俺はそう思ってる」

「あたしは……」


 ユララの青い瞳が迷いで揺れ動く。ユララが何かを言おうとして、そこでユララ父が口を挟んだ。


「すまない、一緒に連れ込み宿の温泉に入ったってどういうことかな?」

「……」


 ふう、やれやれ。俺は最後に肉を一切れ口に放り込むと、席を立って準備運動を始めた。その間にユララ父は壁に飾ってあった長剣を持ってくる。きっかり十秒。俺とユララ父は同時に駆け出した。


「ぶち殺すぞ貴様ァァァァッッ!!」

「誤解ですお父さん」

「父と呼ぶな貴様ァァァァッッ!!」


 ユララは何かを考え込んでいて今度は助けてくれそうにない。俺は屋敷中を逃げ回った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る