第13話 ゴブリンの住処へ

「ユツドー・ジン……。ユツドーが姓?」

「ああ」

「それじゃあジンって呼ぶわね! あたしのことはユララでいいわよ!」


 俺は顔をしかめた。しまった、名字だけ名乗れば良かった。


「ユララ、俺のことはユツドーと呼んでくれ。自分の名前はあまり好きじゃないんだ」

「どうして? 素敵な響きだと思うわよ、ジン」


 爽やかな笑顔でそう言われると、あまり咎めることもできない。ユララは討伐依頼の紙を取り出すと、改めて内容を俺に教えてくれる。


「依頼はゴブリン五匹の討伐ね。成功報酬は300エルニケダラー、これは半分ずつ分け合いましょう」

「相場が分からないんだが、この報酬は高いほうなのか?」

「……あなた、お金の無い文化圏から来た人? まあ高いほうではあるわね。50エルニケダラーもあれば一日中遊べるわよ」


 山分けで150エルニケダラー、入街料に100エルニケダラーを使うとすると、残りは50エルニケダラー。節約すれば数日は過ごせるだろうか。ちょっと心もとないので、街に入ったあともしばらくは働くことになるかもしれない。


 まあその辺は街に入った後に売り物の相場を見てから決めるか。俺は次に気になったことをユララに尋ねた。


「ゴブリンってのはどんな魔物なんだ?」

「……あなた、魔物のいない文化圏から来た人? 緑色で子供ぐらいの大きさの人型の魔物ね。器用な連中で武器を使ってくることもあるから注意が必要だわ」

「人型かあ……」


 ちょっと嫌だなと思った。クロウベアやホワイトウルフなどは見た目が動物のそれなので殺してもあまり気にならなかったが、ゴブリンの場合は人型な上に武器を使う知能があるのだ。平気で殺せるようになってしまうと、元々持っていた倫理観の一部が失われそうではないか? ましてやこの世界には亜人の類が存在するのを先程見てしまっている。


 考え込んでいる俺にユララが呆れたような声をかける。


「あなた、ゴブリンを殺すのを躊躇ためらっているの? 気にすることはないわよ。町民に一人、犠牲者が出ているから討伐依頼が出てるんだから。あいつらはあたしたちを殺す、あたしたちはあいつらを殺す。これで対等でしょ?」

「そうか……まあ、そうだな」


 そういう理由があるのならまだやりやすい。魔物を狩るのを躊躇うことで俺のほうが危なくなるのは避けたいので、ゴブリンと戦うまでにちゃんと殺す決意をしておこう。それにしても、ただの少女だと思っていたが、ユララは俺よりもだいぶ覚悟が決まっている。


「ユララは魔物を倒すのは慣れてるのか?」

「それはそうよ。魔物をやらなければこっちがやられるんだから」


 生まれた頃から魔物が出るような世界で生きてきた人間だ。異世界の住人と俺との間には戦いに関して明確な意識の差があることが感じられる。俺もそのうちゴブリンを倒すことにも慣れてしまうのかもしれないな。


「ゴブリンの住処は分かってるのか?」

「ユースラから二時間ぐらいの森の中ね。明日の朝から魔物の討伐に向かいたいところだけど……ジン、あなた、今日は泊まる場所はあるの?」

「今までも野宿してきたんだ。一晩ぐらいどうってことないさ」

「へえ、案外図太いのね。外で寝たら魔物に襲われることだってあるのに」

「まあな」


 本当は夜中にちょっとした物音でも飛び起きてしまって、その度に何もなくて胸を撫で下ろしている。寝不足が続いているので早いところ街の宿屋でぐっすり寝たいところだ。


 翌朝に待ち合わせる場所を決めると、いったん俺はユララと別れた。




 翌朝、ユララと合流すると、ゴブリンの住処を目指して森の中を歩く。トテトテも連れてきているので、木々が邪魔そうな時はこちらで通れる場所を作ってやる。歩きがてら、俺とユララは互いの情報を交換した。


「あたしの魔法象徴シンボルはもちろんこの剣よ」


 ユララは背負っている剣を指差した。


「宝剣グレンユースラ。これでも我が家に代々伝わる由緒正しい剣なんだから」


 魔法使いは魔法象徴シンボルを使って魔法を行使する。ユララはこの剣を魔法象徴シンボルにして剣技に関する魔法を使うということだ。俺の魔法象徴シンボルは胸に刻まれた紋章なのだが、これを見せる気はしなかった。魔法使いにとっては魔法象徴シンボルは弱点ともなり得るからだ。アメリアにもなるべく見せないようにと忠告されたことだしな。


「俺の魔法象徴シンボルは……内緒だ。代わりに使える魔法を教えておく。それでいいか?」

「いいわよ」


 ユララはあっさりと頷いた。


「魔法使いの魔法象徴シンボルは自分自身の魂と同じぐらい大切なものだものね。大事な宝物を見せびらかしたい人もいれば、一人でひっそりと独占したいっていう人もいる。そこのところは理解しているつもりよ」

「助かる。ちなみにユララはどっちのたぐい?」

「あたしは断然見せびらかしたいほう! あとでグレンユースラの数々の言い伝えについて教えてあげるっ!」


 ユララはキラキラ輝く太陽のような笑顔を浮かべた。本当に自分の魔法象徴シンボルが好きなのだと伝わってくる。


 俺は自分が使える魔法について教えた。温泉に入ると魔法を覚えられること、経験値を獲得できること、回復できること。この付近にある温泉をユララが知っていれば、ゴブリンとの戦闘で傷を負った場合に回復することができる。ここまで伝えた時点でユララは何か心当たりがあるような顔をしていたが、さらに経験値と回復は仲間にも効果があることも伝えると、考えていたことを忘れたように頬を赤くしながらこっちを睨んだ。


「ちょっと! あたしと温泉に入りたくて適当なことを言ってるんじゃないでしょうねっ?」

「あー、その発想は無かったな。もっと成長してから出直してきてくれ」

「あたしはこれでも16歳よ! あなたも歳は変わらなそうに見えるけど、そっちこそいくつなの!?」


 実際の年齢は36歳だ。女神スパクアに若返りして貰ったのだが、肉体年齢はどれぐらいなんだろうな。


「なあ、俺っていくつに見える?」

「あ、今の聞き方は近所のおじさんと同じね」


 ユララの何気ない言葉が胸に刺さった。……街に入れるようになって鏡が見れるようになったら名乗る年齢を決めるか。


「まあいいわ。温泉だったらゴブリンの住処にもあるかもしれないわね。あたしたちが温泉の周りに街を作るように、魔物たちも温泉の周りに巣を作ることが多いから」

「へえ」


 魔物討伐をしていれば温泉に辿り着く可能性が上がるのか。楽でいいな。


「その言い方だと、ユースラにも温泉はあるのか?」

「沢山あるわよ! 楽しみにしておきなさい!」

「うははっ、いいね」


 街に入る楽しみがまた一つできた。


 話しているうちに、ゴブリンの住処の近くまで来る。ゴブリンに見つからないように俺たちは木々に隠れて、数十メートル先から魔力を視ることでゴブリンの様子を窺った。

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