第12話 ユララ・ユースラ

 声のした方を見ると、そこには剣を背負った少女が立っていた。


 雲ひとつ無い晴れやかな青空を連想させる少女だった。長く青い髪をポニーテールにまとめているのと、髪と同じ色をした凛々しい瞳が印象的だ。布の服の上から軽量の鎧のようなものを纏っており、背負った剣との組み合わせを見るにこの少女が剣士の類であることが分かる。少女は仁王立ちになって不敵な笑いをしながらこちらを見つめている。


「お金に困っているのでしょう? あたしを手伝ってくれたら通行料ぐらい払ってあげてもいいわよ!」

「そうか。ありがとう。断る」


 俺は即答すると、そのまま歩みを再開する。少女は慌てたように俺の腕を掴んだ。


「ちょ、ちょっと! 少しは話を聞きなさいよ!」

「いいか、お嬢ちゃん。金に困っている時に優しく声をかけてくるような人間は九割の確率で詐欺師だ。相手にしないに限るんだよ」

「もっと人間の善性を信じなさいよ! あとお嬢ちゃんってあなた、ほとんど歳変わらないじゃない!」


 そういえば転移した時に若返ったのだったか。鏡も無いのであまり実感が湧かない。


 俺は少女に構わずに歩き続けたが、少女も諦めずに腕を離さない。「離せっ!」「聞きなさいよっ!」とのやり取りを何度か続けながら100mほど歩いたところで俺は根負けした。ゼェ、ハァと二人で荒い息を整えているのをトテトテが不思議そうな顔で見ている。


「はぁ……はぁ……討伐依頼を手伝ってくれたら、報酬を山分けするから。あなたにとっても悪くない話のはずよ」

「討伐依頼? 魔物を倒すと金が貰えるってことか?」

「そう! 冒険者ギルドの依頼だから報酬は保証されてるわよ!」


 少女は依頼文章が書かれた張り紙のようなものを出した。そこには確かに魔物を討伐すると報酬を出すと書かれている。てっきり何かしらの悪事の手伝いでもさせられるかと思っていたが、これなら本当に思ってたよりは悪くない話かもしれない。俺は少し考えてから、少女にいくつかの質問をすることにした。


「なんで人を誘うんだ? 一人で行ったほうが山分けしないぶんだけ得だろうが」

「一人だと魔物に囲まれた時に危険じゃない! 冒険者ってのはパーティを組むものよ!」


 至極妥当な意見だった。ここまでの旅路でも命を落としかけてヒヤリとした経験を何度もしている。報酬と天秤をかけながら人数を増やしてパーティを組むのは決しておかしな話ではない。しかし、まだ疑問点は残る。


「どうして俺なんだ? パーティを組むなら冒険者ギルドってところで仲間を探せばいいじゃねえか」

「それは……その……」


 少女は言い淀んで、トテトテのほうをちらりと見た。


「その……笑わない?」

「人それぞれ事情はあるもんだ。笑わねえよ」

「あなたがキュポポチョウを連れていたから……」

「うん?」


 予想外の理由に俺は首を傾げた。パーティとキュポポチョウに何の関連性があるのだろう。


「すまん、もっと説明頼む」

「だから、その、あたし、勇者パーティに憧れてるの」

「へーやっぱり勇者っているんだ」


 異世界の冒険譚といえばやっぱり勇者だよな。ひょっとして魔王とかもいるのだろうか? 俺には関係のない話だが。俺の無知な返しに少女が驚いた。


「あなた魔王を討伐した勇者を知らないの!? あのね、勇者パーティはね、勇者、武闘家、剣士、武闘家、聖女の五人パーティで冒険したって言われてるの!」

「前衛多くない?」

「話の腰を折るのを止めなさいよ! それでね、勇者はね、旅のお供にキュポポチョウを連れていたらしいの!」

「ああ、なるほどね」


 話が見えてきた。要するにごっこ遊びだ。憧れの勇者パーティと似たような編成で冒険してみたいという可愛らしい願望ってわけだ。俺が頷いたのをどう解釈したのか、少女は自信なさげな表情になった。


「うっ、やっぱり笑う気でしょう」

「笑わねえよ。むしろ悪くねえ。どんな道でも最初は憧れから始まるもんだ」

「……そう! そうよね! そう思うわよね!?」


 少女はパァッと顔を輝かせた。


 社会人になったばかりの頃、憧れの先輩のようになりたくてひたすら働いていた頃を思い出す。最後は挫折してしまった訳だが、初心が悪かったとは思っていない。だから、まあ、これぐらいの遊びには付き合ってやっても良いかなと思ってしまった。


 それにここで金が手に入れば、街に入れることだしな。


「討伐依頼、山分けでいいんだよな?」

「手伝ってくれるのね! ありがとう!」


 少女が差し出してきた右手を掴んで、握手する。


「ユララ・ユースラよ! よろしく!」

湯通堂ユツドウジンだ。よろしく頼む」

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