第6話 vsクロウベア
女神スパクア曰く「序盤に便利な魔法」がこの辺りにあるらしい。そのことをアメリアに伝えると、アメリアはなるほど、と頷いた。
「目的地への温泉までにいくつか水辺があるので、そちらも周ってみましょう」
というアメリアの言葉に甘えて、水辺を周って魔法を獲得していく。驚くほど順調に俺は魔法を増やしていった。二日ほど西に向かって森林の中を歩いた結果、レベルアップした上に四つの魔法が手に入る。
【名前】
【レベル】3
【
【魔法】
温泉魔法:レベル1
翻訳魔法:レベル1
状態確認魔法:レベル1
収納魔法:レベル1
鑑定魔法:レベル1
火球魔法:レベル1
毒防御魔法:レベル1
手に入れた魔法は収納、鑑定、火球、毒防御だ。この中でも一番便利なものは収納魔法だろう。
【収納魔法:魔法で作った異空間に道具を収納できる】
一人旅をするならどうしたって荷物は増えていく。収納魔法があれば必要な荷物を揃えたうえで身軽に動くことができるはずだ。
「この収納魔法ってやつはアメリアも使っているよな?」
アメリアは小さなカバンを一つだけ持っているが、出てくる食料や水などは到底そのカバンに収まりそうもない量だ。何らかの魔法を使っているんじゃないかと俺は予想していた。俺の予想通り、アメリアが肯く。
「ええ。このカバンを
魔法使いは
道中で鑑定魔法や火球魔法の使い方を練習しながら、アメリアと森林の中を歩く。そろそろ目的地の温泉に辿り着く距離まで来たところで、アメリアが足を止めた。
「どうした?」
「魔物がいますね」
アメリアの言う通り、前方の木々の間に何か動く影が見えた。目をじっと凝らすと、それがクマだと分かって肝を冷やす。
「アメリア。逃げよう」
「いいえ、倒しましょう」
俺は耳を疑った。何を言ってるんだこいつ?
「あーアメリア。知らないのかもしれないが、俺の世界ではアレはクマと言って、非常に獰猛な動物なんだ」
「ええ、わたくしたちの世界でもそうですよ。正確に言うと、あれはクロウベアですね。可食部が多いので大変助かります」
アメリアが涎を垂らした。せっかくの美人が台無しになるので止めて欲しい。まあ今までこの森の魔物たちに襲われなかったのは、アメリアが強いから避けられてるという話だった。アメリアにとってはあの恐ろしい魔物も雑魚なのかもしれない。俺は後ろから見学でもしてるか。
「じゃあ俺はその辺りに避難してるから」
「何を言ってるんですか? ユツドーさんだけであの魔物を倒してください」
「ああ、そうだよな、悪かった、俺だけであの魔物を…………何だって?」
慌てて聞き返したが、アメリアは答えなかった。銀髪の魔法使いはその辺の石ころを拾うと、クロウベアに向かって放り投げる。投げた石がコツンとクロウベアの頭に当たって、魔物がこちらを向いた。軽い挑発に大変怒っており、俺を睨みつけてくる。
そう、俺の方をだ。
いつの間にかアメリアは姿を消していた。周囲を見ると、既に遠く離れたところにアメリアが避難しているのが見えた。事態を理解するのとほぼ同時に、クロウベアが怒りの咆哮を上げながらこちらに駆けてくる。
「うおおおおおっっっ!?」
俺は半ばパニックになりながら逃走した。全力でダッシュしても遅すぎることに即座に気付き、足に魔力を込める。魔力によって脚力が強化されて一気に加速、森の中を駆け抜けていく。
ちらりと後ろを見ると、クロウベアが木々を薙ぎ倒しながら追ってきているのが見えた。終わった、と思った。複雑に生えている木々を避けながら進む俺よりも、薙ぎ倒して直線で駆けてくるクロウベアのほうが進行速度が早い。このままでは追いつかれる。
アメリアは遠くから微笑んで見学したまま、助けてくれる気配がない。本当に俺一人で魔物に対処させるつもりなのだ。
背後からの殺気を感じて、俺は真横に飛んだ。一瞬遅れて、俺がいた場所をクロウベアの長い爪が奔る。数百年は生きてそうな大樹の幹が、バターのようにたやすく切り裂かれた。変な姿勢で跳躍したことで着地に失敗、俺は転倒してすぐに起き上がろうとして――俺を覗き込んでいるクロウベアと目が合った。魔物の体温や臭いが感じ取れるほどの至近距離。
「ひゅっ」
本能から来る恐怖に短い悲鳴が出て、身体が竦む。生前に小さな獣を狩ったことはあるが、こんなでかい生物は狩るどころか会ったことすらない。目の前で巨大生物が俺を殺そうと両手を振り上げて、叩きつけようとしてくる。俺の生存本能が、反射的に鑑定魔法を魔物に使った。
【名前】クロウベア
【レベル】2
レベル1の鑑定魔法では、大した情報を得ることはできない。勝機に繋がる情報は何も無い。それでも戦う気になったのは、クロウベアのレベルが俺よりも低かったのが一つ。それにもう一つ、どうにも我慢できないことがあったから。
「まだ異世界の温泉入ってねえのに死ねるかっ……!」
俺は両腕に魔力を込めると、頭を守るようにガードした。クロウベアの爪が上から叩きつけられるが、切り裂かれることはなく防御に成功。魔物が戸惑うように一歩下がったところで、思いっきり右拳を腹に叩き込んだ。骨が砕け肉がひしゃげる致命的な音がクロウベアの体内から響く。
勝利を確信しつつも、俺はそれで手を止めることはない。何度も何度も魔力の込もった拳を叩きつけて、クロウベアの命を刈り取る。
俺の猛攻を受けたクロウベアはさらに二歩、三歩と下がると、断末魔の叫びを上げてズウウウウンと崩れ落ちた。
「よっしゃ見たかコラァッ!」
興奮した俺が勝利の雄叫びを上げていると、アメリアが拍手しながら物陰から出てくる。
「うふふ、まさか素手で倒すとは驚きましたね」
褒められた俺は得意になって胸を張る。
「そうだろうそうだろう、まさか素手で……え? 素手以外の模範解答あるの?」
「遠くから火球魔法を撃っていればそれで終わっていたでしょう」
「…………」
攻撃魔法があったのをすっかり忘れていた。身に付いていない技術は、焦った時のとっさの判断には出てこないということだ。手癖になるまで練習しないとな……。反省している俺の肩をアメリアが叩く。
「勘違いしないでくださいね。わたくしとしては、魔法ではなく魔力操作による肉体強化で魔物に打ち勝ったのを褒め称えたいぐらいです。むしろ魔法使いの戦闘の本質は魔力操作にあると思っていますから」
「慰めありがとう。それで、俺が死にかけた件の弁明はあるんだろうな?」
俺はじろりとアメリアを睨んだ。クロウベアに殺されかけたのだ。悪ふざけでは済まない。しかし、アメリアは涼しい顔をしたままこう
「死にかけた? 冗談でしょう。魔法使いにとってはクロウベアは大した魔物ではありませんよ。実際、戦いはじめてからは苦戦しなかったでしょう」
「……まあ、そうだな」
悔しいがアメリアの言う通りだ。俺に足りなかったのは覚悟だけである。
「魔力が視えるようになったユツドーさんなら、クロウベアが大した魔力を持たない魔物であることも見抜けたはずです。対魔物戦闘で大事なのは、彼我の実力差を見極めること、戦うと決めたのなら冷静に手札を切ること、その二つだけです」
「分かった、分かった。悪かったよ、あんたが正しい。アメリアのおかげで一人でも魔物と戦えそうだ。ありがとう」
要するに俺が一人になった時に魔物に殺されないように、アメリアは俺に実戦経験を積ませてくれたというわけだ。スパルタではあるが、ありがたくはある。礼を言った俺にアメリアは満足そうに頷くと、俺の手を掴んだ。
「分かれば良いのです。そんなことより、ほら、目的地に着きましたよ」
そのままアメリアに手を引かれて、森を抜ける。開けた視界に見えた景色に、俺は感嘆の息を漏らした。
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