第21話 感謝の言葉

 前世での仕事はとにかく俺を疲弊させた。


 良かれと思って忠告をしたらあとで陰口を叩かれたり。同僚が泣きついてきたので代わりに仕事をやってやった結果、いつの間にか俺がやるのが当然みたいな態度を取られるようになったり。システムは動いて当たり前で普段は感謝の言葉も無し、万が一にも止まった時だけ罵詈雑言の嵐だったり。


 誰が喜んでいるのか分からない仕事というのは人の心を摩耗させる。よく、俺のやってる仕事に意味ってあるのか? と思っていたものだ。




「分かるか? だから労働ってのはろくなもんじゃねえ」

「歪んでるわね」


 長々と語った俺の労働観をユララは一蹴した。


 俺とユララはユースラから出て東方面を道なりに歩いていた。トテトテも普通のサイズに戻してある。相変わらず背中には乗せてくれないので、一緒に徒歩移動だ。


「依頼内容は、街道に魔物が出たから討伐して欲しい、だったか?」

「そうね。ユースラから近い場所に出たから商人さんたちが困っているみたい」


 そう、ルイザから貰った討伐依頼をこなすために俺たちはここに来ていた。前払いの報酬として近場の温泉の位置も聞いてある。


「ルイザからの依頼にしては随分普通だよな。ギルドマスターからの直々の依頼だからもっと面倒なものが来るかと思っていたが」

「魔物のレベルが高いみたいよ。ビッグゴブリンを倒したジンの腕前が評価されてるのね」


 レベル10の魔物を倒せる冒険者はこの辺りにはそうそういないって話だったか。


「しかし、ちょっと強い魔物が出たぐらいで余所者の力を借りるかね」

「今は特に人の手が足りないみたい。最近、魔物が増えてるのよね。ちょっと前まで、ユースラ家のお嬢様に冒険させるなんてとんでもない、って感じで依頼も貰えなかったんだから」


 まあ言われてみれば、仮にもユララは領主の娘なのだ。冒険者ギルドとしても危険な目に合わせるような仕事はなるべく依頼したくないだろう。今はそうも言ってられない時期、猫の手も借りたいならぬお嬢様の手も借りたいって感じか。


「街道の近くに商人さんたちがよく使う温泉があるんでしょ? 仕事が終わったら一緒に浸かりましょうっ」

「おう、そうだな。手早く終わらせるか」

「キュポッ!」


 街道のすぐ近くに魔物たちが群れているのを発見する。


 住み着いていたのは犬頭をした人型の魔物だった。ユースラの門番が犬顔の獣人であることを考えると、人間と魔物の境界が曖昧でちょっと怖いな……。まずは鑑定魔法で魔物のレベルを確認する。



【名前】コボルト

【レベル】9



 依頼書の情報によるとコボルト六匹の討伐という話だったが、ざっと見て倍はいそうだ。ゴブリンの時といい、事前の情報はあまり当てにならないな。


 ユララ、トテトテに合図を送ると、俺たちは攻撃を開始した。


 火球魔法を撃ちながら、全員で突撃する。相変わらず火球魔法の狙いは甘いが、これだけ数が多いながら適当に撃ってれば何かに当たる。誤射を考えると剣士であるユララが接近した時点で火球魔法は撃てなくなるので、事前にユララと相談して火球魔法は初手で使おうという話になったのだ。


 当たり、外れ、外れ、当たり、外れ、当たり。コボルトの数を三匹ほど減らしたところで、俺たちは接敵した。トテトテがタックルでコボルトを吹き飛ばす。俺と一緒に温泉に入っているトテトテのレベルは13にまで上がっており、大変に頼もしい戦闘要員になっている。


「はあああっ!」


 ユララが斬撃を横一文字に放った。剣の間合いを見極めたコボルトがバックステップで回避するが、ユララの攻撃から逃れることはできない。


「飛天斬ッ!」


 宝剣グレンユースラを魔法象徴シンボルとしたユララの魔法行使だ。魔法による斬撃が本来の剣の間合いよりも遥かに伸びてコボルトを切り捨てる。魔法使いが魔法象徴シンボルに愛着を持つほど魔法は強力になると言う。宝剣グレンユースラと共に過ごした時間がそのままユララの剣士としての強さに繋がるという訳だ。


 十匹以上のコボルトを苦戦することなく倒し切った俺たちは、近場の温泉で休んでからユースラに帰った。ちなみに手に入った魔法は危機察知魔法、何かに攻撃された時の危機を教えてくれる魔法だ。




「バンザーイ! ユツドー、バンザーイ!」

「うおおおおおおおっ!?」


 討伐が終わったことを商人たちに報告すると胴上げされた。何分もの胴上げが終わると、今度は商人の一人が涙を流しながら手を掴んでくる。


「いやー、ホントに助かったよ! あそこの道が使えないと商売あがったりでね! ありがとうっ、ありがとうっ!」

「べ、別に礼なんていらねえよ。こっちは温泉のためにやってるだけだからよ」


 戸惑う俺をユララがからかうように笑う。


「あっ、ジン、照れてるわねっ!」

「照れてねえわっ!」


 照れてはいない。照れてはいないが、ここまで正面から感謝されるとむず痒い。


 自分の仕事で誰かの笑顔を見られるのは、いつ以来だろう。悪くはない気分だった。仕事ってのは結局のところは誰かの笑顔のためにやるものなのに、複雑になった機構がそれを見えづらくしていたのかもしれない。こういうシンプルなやり取りは、まあ、そんなに嫌いじゃない。


「……たまには労働も悪くないかもな」

「あははっ、そうでしょっ?」


 商人たちの奢りで宴が始まる。酒も入って宴は大変盛り上がり、夜遅くまで続いた。



   *



 ユツドーとユララが仲睦まじくしている様子を、影から覗いている者がいた。隠しきれない嫉妬の炎が、瞳の中で燃える。


「ぼ、僕のユララにあんなに近づいて……許せんっっっ!」

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