第33話 vsギャラゴ その1

 魔法の使い方を知らない時から翻訳魔法が発動していたように、いくつかの魔法は常時発動している。危機察知魔法もその一つだ。短剣を構えた瞬間に危機を感じた俺は、一歩右に避けた。風切り音が鳴り、俺がいた場所を矢が疾走はしっていった。方向から逆算して矢を射った魔物の位置を特定し、即座に鑑定。



【名前】ゴブリンアーチャー

【種族】魔物

【レベル】7



 ギャラゴが引き連れている魔物のレベルは総じて低い。一体一体は俺やカプーヤの敵ではない。しかし、こうやって奇襲されると面倒だ。まだ相手側にどれだけの引き出しがあるのかは分からないが、俺たちにできることは少しずつ相手の戦力を削ることだけだろう。


「遠距離攻撃が面倒ですね。カプちゃん、あの辺りの弓兵を片付けてきますね」

「それは助かるが……」


 ゴブリンの住処だった洞窟から、次々と魔物が出てくる。思っていたよりも魔物の数が多い。俺たちは魔物の群れに囲まれており、それらの対処に追われていた。この状態でどうやってゴブリンアーチャーを片付けるつもりだ?


 ゴブリンの頭を短剣で斬り飛ばしながら、カプーヤの様子をうかがう。


 カプーヤはホワイトウルフを十字架で殴りつけてから距離を取ると、そのまま――そのまま、消えた? 迷彩というレベルではない、一瞬で見失ってしまった。カプーヤと戦っていた魔物たちが、カプーヤの代わりに俺とトテトテのほうに押し寄せてくる。


「うおおおおおっ!?」

「キュポッ!?」


 対処する魔物の量が一気に増えてきつい。ビッグゴブリンの腕を斬りつけながら、視界の端でカプーヤがゴブリンアーチャーと戦っているのが見えた。手品みたいだ。瞬間移動か、透明人間か、とにかくカプーヤの魔法は魔物に囲まれていても抜け出せる類の物らしい。


 カプーヤの十字架は重量がすごいのか、振り回すたびに弓兵たちの身体がひしゃげてその生命を散らしていく。


 弓兵たちが慌ててカプーヤを攻撃し始めて、こっちが少し楽になった。あとは俺を囲んでいる魔物をどうにかして一掃したいところだ。火球魔法を乱発するのが良さそうだが、この状況だと木々に当たって燃えそうなのが怖い。今までも冷や冷やしながら使っていた。


 そこで俺はユララの屋敷で手に入れた魔法を思い出した。剣撃射出魔法。ただの遠距離攻撃だと思っていたが、魔物をまとめて倒すのにも使えないだろうか。目の前のコボルトを蹴り飛ばすと、俺は剣撃射出を使った。短剣を振り回した軌道に沿って半円の剣撃が飛び、コボルトの首を刎ねる。飛んだ剣撃はそれだけに留まらず、コボルトの後ろの魔物たちも斬り飛ばしていく。


「うははっ、中々良いなこれ」

「ちょっと! カプちゃんの前髪も切れたんですけどっ!?」

「すまん!」


 思ったより剣撃が飛びすぎてカプーヤのほうにも届いたらしい。戦場で一番怖いのは味方の誤射らしいが、やっぱり遠距離攻撃系魔法は扱いが難しい。俺はカプーヤとトテトテがいない方向に二回剣撃を射出して群れを斬り飛ばすと、そのまま短剣で戦い始める。何度か斬ると刃こぼれするが、そのたびに短剣生成で作り直せるのが便利だ。


 後方からの攻撃を察知してビッグゴブリンの棍棒を避ける。振り向いて短剣を突き刺し、ビッグゴブリンの心臓を貫く。


 危機察知魔法があれば後ろからの攻撃を避けるのも容易い。異世界に来たばかりの時ならば魔物の群れに苦戦していただろうが、今は余裕で対応できる。トテトテもレベルが上がったこともあり、魔物を圧倒していた。俺とトテトテが暴れ回ったことで魔物の数がどんどん減っていく。


 最後の一匹を倒すと、カプーヤが駆け寄ってきた。カプーヤのほうもどうやら魔物を倒し終わったらしい。ホッと一息つくと、拍手が響いた。


 ギャラゴが手を叩いて笑っている。


「いやあ、流石お強い。用意した魔物たちはこれで全滅でさあ」


 百匹以上は倒したからな。これでまだおかわりがあるのなら逃げ出していたところだ。それにしても、と隣のカプーヤに小声で囁く。


「こいつ何でこんな余裕なんだ?」

「さあ、アホだからじゃないですかね」

「あんたに言われるのはギャラゴが可哀想だが……」

「ちょっと! カプちゃんのことアホだと思ってます!? 遺憾ですよ遺憾!」


 猫のような尻尾でペシペシとこちらを叩いて抗議してくるカプーヤを邪険にしながら、ギャラゴのほうを注視する。手下が全滅したというのに、いくらなんでもこの余裕はおかしい。レベルが鑑定不能なことを考えると本人が超強いパターンか?


「あっ、何かされると面倒なので殺しちゃいますね」


 カプーヤはそう言うと、またかき消えた。一瞬で視界から消えるのが普通に怖い。何を魔法象徴シンボルとしたどういう魔法なんだ?


 ギャラゴの背後に現れたカプーヤが、そのまま勢いよく十字架を叩きつける。地面が揺れるほど轟音、ゴブリンが耐えきれるとは思えない一撃だ。衝撃波で土煙が舞った。


「やったか!?」

「ユツドーさん、絶対やってない時に言うセリフ止めてください!」


 土煙が晴れると、そこには十字架を受け止めたギャラゴが立っていた。いや、正確に言うとギャラゴが防御したのではない。なんだあれ、クロウベアの……死体? そう、クロウベア、ゴブリン、コボルトの死体が勝手に動き出し、繋がって合体したような奇怪な生き物がカプーヤの一撃を受け止めていた。


「ギギギ、タナトゥーアの魔法をお見せしやしょう」


 ギャラゴが嗤い、タナトゥーアのタトゥーが怪しく光った。女神タナトゥーアの紋章を魔法象徴シンボルにした魔法行使。ギャラゴの身体に、周りの魔物の死体がどんどん集まっていく。まるで死体の鎧のようにギャラゴが魔物をまとっていく。


「オイオイオイオイ」

「キュポォ」

「あ、これ詰んだかもしれませんね」


 俺、トテトテ、カプーヤは唖然としてその魔物を見上げた。死体の山でできた巨人が、俺たちの前に現れていた。おそらく巨人の中にギャラゴがいるのだろうが、その姿は見えない。


 巨人が足を振り上げた。足裏だけで俺たち全員をぺしゃんこにしてもお釣りが出そうなほどにデカい。


 そのまま足裏が俺たちに迫り――巨人の踏み込みで、森林が盛大に揺れた。

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