第32話 タナトゥーアの祝福

 ギャラゴの不気味な笑いを見て街が襲われていることを確信した俺は、ユララに指示を下した。


「ユララ、先にユースラに戻ってろ。俺はギャラゴと戦う。カプーヤは俺と一緒に戦ってくれ」

「で、でも……」


 ユララは躊躇うようなそぶりを見せるが、ユースラのほうが気になって仕方がない様子を隠せていない。戦いに集中できないぐらいなら、行かせてやったほうが良いだろう。


「ユースラが好きなんだろうが。ユララ、いざという時はお前がユースラを守るんだ」

「……分かったわ! ありがとう、ジン!」


 ユララはユースラに向けて走っていった。ギャラゴがそれを追いかける気配はない。このパーティの中ではユララのレベルが一番低いので捨て置いたのかもしれない。本命は俺か、それともカプーヤか。


 それにしてもギャラゴの意図がまだ読めない。街を襲うってのは何か目的があってやるものだ。ありきたりなのだと金か、食料か。人類に敵対的な個体、なんて言われてるらしいが、もしかしたら目的次第では戦わなくても済むんじゃないだろうか?


「おいギャラゴ、何が目的なんだ。金が欲しいってんなら分けてもいいぞ。まあ俺も大して持ち合わせはないんだが……」

「ギギッ、ギギギギギッ! 面白い方ですねえ、ユツドーさん」


 こっちの交渉を聞く気は無さそうだな。金が目当てって感じでもない。ギャラゴの目的が俺たちの足止めなら、それを利用してどうにか情報を引き出したいところなんだが。次の一手を考えてると、カプーヤがそれを制するように言った。


「無駄ですよ、ユツドーさん。彼の目的は人を殺すことそのものなんです」

「はあ? そんなわけねえだろ」


 ここまで言葉が話せるのだ、知能も充分にある。人を殺せば報復されるのだって分かるだろう。何かしらの目的があってやっているに違いない。そんな俺の考えをあざ笑うようにギャラゴは笑いながらフードを脱いだ。


「ギギギ、そちらのお嬢さんのほうがあっしのことを良く分かってるようですねえ」


 フードの下は腰布を巻いただけだった。だから胸元に黒いタトゥーが刻まれているのもよく見えた。俺と同じ……いや、意匠が違うか。温泉神スパクアに刻み込まれた俺の胸元のタトゥーは燃え盛る炎のようなデザインだ。それに対して、ギャラゴのタトゥーは風を纏う大きな鎌のようなものだった。


 カプーヤが吐き捨てる。


「闘争と死の女神タナトゥーアの紋章。魔鬼が崇拝する魔神の魔法象徴シンボルです」

「ギギギ、ユツドーさん、あっしたちはね、人を殺せば殺すほど死後にタナトゥーアから祝福を頂けるんですよ」


 ギャラゴが誇らしげに胸元のタトゥーを撫でる。俺は分かったフリをして頷いた。


「ああ、なるほど、宗教的なね、あれね」


 ……。


 め、めんどくせー! 絶対に関わりたくない連中だ。人を殺す目的が死後の祝福なら報復を気にしないはずである。なにしろ最初から死を恐れていないのだから。目的が金や食料じゃないとすると、ユースラのほうの危険度も段違いに跳ね上がる。とっとと助けに行ったほうが良さそうだ。


 問題は、ギャラゴを放置してすぐにユースラへ行くか、それとも目の前のギャラゴと戦うか、どちらを選ぶかだ。そんな俺の迷いを察したカプーヤがこちらを振り向く。


「ユースラは大丈夫でしょう。あの街にはルイザ・ビッグマン様がいますから。ユツドーさん、ここでこのゴブリンを仕留めましょう」

「……まあ、そうだな」


 あのでかい婆さんが魔物に遅れを取るとは思えない。ここは元凶を叩くほうが正解か。


 短剣生成魔法で短剣を作り出し、俺は構えた。これから起きることを想像して、思わずため息が出る。


「恨むぜ、ギャラゴ。人の言葉を話す生物を殺すのはこれが初めてだ」



   *



 ユースラの街で少女の悲鳴が上がった。

 クロウベアに遭遇した少女は、振り上げられた爪を見て恐怖で身体を震わせた。少女は死を覚悟して目を瞑るが、一向に爪は降ってこない。恐る恐る目を開けると、そこには大きな老婆の姿があった。


「あたしの前で悪いことをする魔物はお前かーい?」




 ――ユツドーとカプーヤから街に魔物が出た話を聞いておいて良かったね。


 ビッグゴブリンの群れの討伐を依頼した時に、ルイザはユツドーたちから街にホワイトウルフが出たという話は聞いていた。念のため冒険者を集めて警戒していたおかげで、迅速に冒険者たちが街の中の魔物たちの対処に向かうことができている。


 ルイザはクロウベアの攻撃を素手で受け止めると、そのまま腕力でクロウベアの首をへし折った。


 冒険者ギルドのギルドマスターであるルイザ・ビッグマンは、訳あって全盛期の万分の一も力を出すことができない。しかし、それでもこの程度の魔物の相手なら余裕である。大通りに出現した複数のクロウベアに向けて、ルイザは唄った。


 かつて勇者パーティの聖女として名を馳せたルイザの唄は、ただ聞かせるだけで低レベルの魔物には死をもたらす。


「ボエエエエエエエッッッッ!」


 ルイザの唄声を聞いて死んでいく魔物たちを見て、戦っていた冒険者たちはルイザを囃し立てた。


「出た、ババアの死の唄声だっ!」「すげえ初めて見た!」「ババアの絶対魔物殺すソングだ! やべえっ!」

「失礼だね! 聖女の唄だよこれはっ!」


 右手にゴブリンの頭、左手にビッグゴブリンの頭を掴み、そのまま握りつぶす。か弱い聖女の扱いが分かってないひよっ子共だね、全く。


 冒険者たちを引き連れて街中の魔物たちを倒していくが、とにかく数が多い。ルイザは無傷でも、残りの冒険者たちは少しずつ負傷していく。コボルトを素手で折り畳みながら、ルイザは焦りを覚え始めていた。


「ああっ、もう、面倒だねっ!」


 さらにビッグゴブリンの集団がぞろぞろと出てくる。このままでは民を守りきれない。そう思った時。


 どこからか現れた青い髪の影が飛び跳ね、ビッグゴブリンを一刀両断した。

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