第29話 天啓クエスト

 間抜けは扱い易くていいねえ、とギャラゴは笑った。


「くそっ! 全然駄目じゃないかっ!」


 人気のない路地裏で、デールがギャラゴに悪態をつく。


「せっかく僕が抜け道を教えて街に魔物を入れてやったのに! ユツドーを倒せなくちゃ意味が無いだろう!」


 意味はあった。そもそも抜け道が分かった時点でデールの役割は終わっているのだ。今この瞬間にも、抜け道を通して少しずつ魔物を街に入れている。ギャラゴの目的は叶いつつあった。


 あとはこの男はここで殺してやってもいいんですがね、とギャラゴは思う。利用価値があるなら殺さない、無いなら殺すがギャラゴの価値観だ。デールはまだ使い道があるだろうかと考えて、ユツドーとかいう冒険者の対処に使うことを思いついた。


 あのユツドーって男は少々面倒だ。ホワイトウルフをけしかけた時に陰から観察していたが、見ただけでぞっとした。この辺境の街に似つかわしくないレベル帯に見える。なるべくなら事を起こす時に、ユースラを離れていて欲しい。そう、外におびき出すのが良いだろう。


「ギギギ、坊っちゃん、ユツドーとやらを殺すための良い策があるんですがね」

「なんだ?」

「冒険者ギルドを通して討伐依頼を出してくだせえ。高レベルの魔物が出たことにすれば、ギルドもあの男に頼らざるを得ないでしょう」

「……なるほどな。その討伐依頼でユツドーを誘き寄せて、貴様の魔物で殺すわけか」

「ええ、その通りでさあ」


 実際にはそうはならない。街を離れたユツドーたちがユースラに戻ってきた時には全てが終わっているだろう。


「よしっ! 早速冒険者ギルドに依頼してこよう!」

「お願いしますね、坊っちゃん」


 馬鹿は使いやすくて助かる。仮面の下でギャラゴは嘲笑った。



   *



「ビッグゴブリンの群れ?」


 ユララの屋敷に泊まった翌日、俺はルイザに別れの挨拶をするために冒険者ギルドを訪れていた。冒険者ギルドの客室に案内され、ソファに座ってルイザと向かい合う。いつも通りトテトテは俺の肩に止まり、ユララは俺の横に座っている。


 相変わらずでかい老婆は、座っているのにこちらを見下ろし、わざとらしく困ったような口調で言う。


「そうなんだよ。デールから報告があったんだけど、近場の森にビッグゴブリンの群れが出たらしくてね。ビッグゴブリンを倒せる冒険者なんて中々いないからねえ。誰か助けてくれないかねえ」

「そうか。頑張れ。応援してるぜ」

「あんたには年寄りをいたわる気持ちが無いのかい!」

「元気そうじゃねえか。あんたほどの武闘家ならビッグゴブリンぐらい素手で引きちぎれるだろ」

「あたしゃ聖女だよ! ビッグゴブリンは素手で引きちぎれるけどねっ!」


 できるんじゃねえか。隣からユララが服をくいくい引っ張ってくる。


「ねえジン、困ってるみたいだし助けてあげたら?」

「はん? 嫌だね。いいかユララ、この手の頼みってのは一度引き受けたらおしまいなんだ。人間ってのは他者を利用するのをためらわねえ生き物だからな、なんだかんだで二度目三度目と頼ってくるに決まってる。だいたい俺は今日旅立つ予定なんだぞ。俺は旅の出発前に用事をねじ込まれるのがこの世で一番嫌いだね。そもそも魔物の群れを倒すのに余所者を利用しようってのも気に食わねえ。俺がいなかったらこの先どうするつもりなんだ、ユースラのことはユースラでなんとかしろ――」


 つらつらと断り文句を並べていると、目の前にメッセージウィンドウが浮かんだ。



【天啓クエスト:ユースラの街を魔鬼から守れ!】

ルイザの頼み事を聞きましょう。

このクエストをクリアすると高確率で新たな温泉に入れます。

このクエストをクリアすると報酬として防御系魔法のレベルが上がります。



 俺は唖然としながら目の前のこれが何なのかを考える。なんだこれ……あっ、天啓魔法か! 女神スパクアが良い感じの時に良い感じの助言をする魔法、全然発動しないのですっかり存在を忘れていた。おいおい、もう断る空気出しちゃったじゃねえか。しかし、新たな温泉に入れるのは非常に気になる。ここまでコンマ一秒の思考、仕方なく俺は流れるように話を方向転換した。


「――と言いたいところだが、他ならぬユララがいる街だ。それに、俺も一週間以上はユースラに滞在したからな、もうユースラの一員だって思ってる。ゴブリンの群れ? ユースラを脅かそうだなんて許せねえな。俺がぶっ飛ばしてやるよ」


 自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。


「ユツドー、あんた良い男だね! あたしゃ感動したよ!」

「ジン……ありがとう。あなたってとても素敵だわ……!」


 適当に言った言葉のどれかが胸に刺さったのか、ルイザもユララもえらく感動している。罪悪感がすごい。まあちゃんとビッグゴブリンの群れを倒せば問題ないだろう……。


「ジンだけ戦わせる訳にはいかないわね! あたしも行くわ!」


 ユララが張り切り始める。ビッグゴブリンに一撃でやられた時のユララはレベル6だったが、今はレベル19だ。ユララに任せておけば楽できそうだな。俺は二人と一匹で行くつもりだったのだが、ルイザによると他にも冒険者がいるらしい。


「もう一人、ビッグゴブリンと戦える冒険者がいてね。その子も連れて行っておくれ」

「ああ、構わない。こっちとしても人数は多いほうが助かるしな」

「入っておいで!」


 ルイザが部屋の外に声をかけた。もうそこにいるのか、話が早いな。


 ルイザが推薦するのなら充分に強い冒険者だろう。もしかしたらユララの婚約者のデール・ベイカーだろうか? あいつもレベル10で中々強そうだったしな。そんなことを考えてると、客室のドアがバーンと開いた。


 ピンク色の猫耳と尻尾を生やした黒衣の少女が部屋に押し入ってくる。相変わらず背中にはバカでかい十字架を背負っていた。


「強くて可愛くて魔物を殴れる超絶猫耳美少女のカプちゃんの出番のようですねぇ! ユツドーさんがどうしてもって言うならパーティを組んであげてもいいですよぉ!」

「チェンジで。他の冒険者で頼む」

「なんでぇぇぇぇ! お願いだからパーティ組んでくださいぃぃぃぃ!」


 泣き縋ってくるカプーヤを引き剥がしながらルイザに苦情を入れる。


「おい、この不審者のどこが戦える冒険者なんだ?」

「不審者は不審者でもカプーヤは戦える不審者だよ」


 カプーヤは「あっ、ルイザ様も不審者であることは否定してくれないんですね……」と猫耳をペタンと伏せる。本当に戦えるんだろうな? しょぼくれた野良猫のようなカプーヤを鑑定して、俺は目を見開いた。



【名前】カプーヤ・リコールカ

【種族】猫人族

【レベル】鑑定不能



 鑑定不能ってのは初めて見るが、おそらく俺よりもレベルが高くて鑑定できないのだろう。どうやらただのストーカーでは無いようだ。しくしくと泣き崩れたカプーヤは、背中の十字架の重みに潰れて「グエッ」と鳴いていた。やっぱりただのストーカーかもしれない。

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