第42話 バウガ・マレーウルフ

 スライムの粘液を拭き取ってから、俺たちは改めて狼男に挨拶をした。


「湯通堂ジンだ。よろしく。こっちはトテトテ」

「キュポッ!」

「カプーヤ・リコールカです。よろしくお願いします」

「拙者はバウガ・マレーウルフでござる。よろしくでござるよ」


 近くで見ると本当にデカいな。ルイザ・ビッグマンを思い出す。あの婆さんと同じぐらいにはデカい。バウガは上半身は裸、下半身は革製のズボンを履いた軽装だった。無防備に思えるが、ふさふさの白い毛皮だけでも防御力は充分なのだろう。


 この世界にはカプーヤのように人間の姿に猫耳や尻尾が生えたような種族から、ユースラの門番のように犬が二足歩行をしているような種族まで、獣人の中にもバリエーションがある。バウガは完全に後者で、狼が立って喋っている感じだ。


「助けてくれてありがとうな。まさかあれがサキュバスライムだったとはな。警戒はしたつもりだったんだが気が付かなかったぜ」

「カプちゃんはちゃんと警告しましたからね?」

「ルフフフフフッ、まあサキュバスライムが温泉に化けることなど普通はあり得ませんからな。……しかしなぜサキュバスライムが温泉に?」


 バウガは首を傾げるが、俺にも分からない。バウガが落ちていた骨の矢を拾う。さきほど俺を助けてくれた武器だ。


「それがあんたの魔法象徴シンボルか?」

「おお、よくぞ聞いてくださった! 拙者は魔物の骨を噛んだりしゃぶったりするのが趣味でしてな。充分に堪能した骨はこうやって魔法象徴シンボルとして再利用しているのでござる! それにしてもスライムの類はどうしても好きになれませんな。倒してもしゃぶれる骨がどこにも無いというのがいただけない。その点、ユースラの街付近は大変良かったでござる。骨のある魔物がたくさん出てきますからな。この骨は討伐したホワイトウルフから削り出したものでござる! 見てくだされこの美しい骨を! 食に困っていない魔物の骨というのはどうしてこうも艶が出るのでありましょうなあ! そうそう魔物の骨といえば――」


 軽い気持ちで魔法象徴シンボルのことを聞いた結果、俺たちはバウガの骨談義に小一時間ほど付き合わされることになった。ホワイトウルフのように自分と見た目が似た魔物でもバウガはためらいなく討てるらしい。バウガの次の目的地がレノインの街という話になったところで、俺は強制的に話に割り込んだ。俺たちも王都への経路としてレノインに滞在する予定だったからだ。


「あんたもレノインに向かっているのか?」

「おや? なるほど、この道を通っているということはユツドー殿とカプーヤ殿もそうなのでござるか。奇遇ですな、これもなにかの縁、どうでしょう、それでしたら拙者と一緒にレノインに行きませんか? このあたりから魔物のレベルも上がってくるので仲間は多いほうが心強いですからな」


 バウガの提案にカプーヤが肩をすくめた。


「あーカプちゃんもそうしたいところなんですけどね、このユツドーさんという人は偏屈な方でしてね、一人旅をこよなく愛している男なんですよ。まあカプちゃんは美少女枠というか特別枠というかまあ一緒にユースラを守って戦った深い絆があってこそ同行を許されてますけどね。ちょっと今回はお断りさせてください」

「なんでだよ。目的地が一緒なんだから一緒に行けばいいだろ」

「ちょっと!」


 カプーヤが頬をふくらませて猫の尻尾でぺちぺちとこちらを叩いてくる。


「カプちゃんの時と反応が違くないですか!? 泣きながら縋るカプちゃんを見捨てた鬼畜のくせに!」

「ユースラの街では犬の門番さんにお世話になったからな。俺は犬顔には優しくすることにしてるんだ」

「拙者は犬ではありませんが……。問題無さそうなので同行させて頂くでござる。ところで……」


 バウガは照れくさそうに爪で頭をかいた。


「拙者は故郷に妻がいましてな。この先にサキュバスライムが現れた時に妻の姿になるかもしれないのでござる。ちょっと拙者とは見た目が違うので出来れば引かないで欲しいでござるよ」

「「ほほーう」」


 俺とカプーヤはにやにやと笑う。


「種族の違いを乗り越えた結婚ってやつですかね? カプちゃんそういうの大好物ですねー。大丈夫、どんな女性が出てきてもカプちゃん引きませんから安心してください」




「ええ……」


 カプーヤがドン引きしていた。


 街道のど真ん中に骨が現れていた。そう、骨である。明らかに不自然な配置であった。


 形状からいってバカデカい狼の骨だろうか? サキュバスライムは戸惑うように変身しきれておらず、骨なのにあちこちがぶよぶよと動いている。バウガが骨に向かって叫ぶ。


「おおおおおリーシャ! 我が愛しの妻リーシャァァッッ!」

「その、聞きづらいんだが……。もしかして奥さんって亡くなってたりする?」

「拙者が生まれる前に亡くなっていますな。リーシャは故郷の広場に飾られている数百年前のフェンリルの遺骨でしてな。幼い頃に初めて出会い、一目惚れでした」

「なるほどな」


 何も分からないまま俺はとりあえず肯いた。


「まずは一つ言いたいんだが……あれはリーシャではなくサキュバスライムだ」

「しかし、リーシャが拙者を追ってきた可能性もあるのでは?」

「まああんたがそういうかもしれないと思ってな、鑑定魔法を使った」



【名前】サキュバスライム

【種族】魔物

【レベル】10



「絶対に確実にサキュバスライムだ。擬態する魔物はこうやって鑑定魔法で見破ればいい。冷静にな」

「それなんでさっき使わなかったんですか?」


 カプーヤのツッコミを俺は無視した。鑑定魔法を使わなければ温泉の可能性が残るだろうが。


「拙者、知っていますぞ。鑑定魔法は相手によっては鑑定不能になるらしいですな? つまり……まだリーシャの可能性は残っている……!」

「なんでそこで食い下がるんだよ。ねえよ。万に一つの可能性もねえよ。いいか、絶対に無防備に近づくなよ」

「ワンワン! ワオーン!」


 バウガは犬のように吠えながら巨大な骨に飛びかかった。サキュバスライムがその擬態を解き、バウガに襲いかかる。


「あああああ助けてくだされユツドー殿ォォ! 食べられちゃう、拙者食べられちゃう! ああああ助けて、ユツドー殿助けてぇぇぇっっっ!」

「ふん、所詮はワン公か。あの程度の擬態も見抜けねえとはな」

「ユツドーさん、もしかしてさっきのこと無かったことにしようとしてます?」


 いくらなんでもバウガと同列に扱われるのは心外だが、まあ多少は俺のほうにも反省すべき点があったかもしれないとバウガを見て思う。俺は自らを振り返りながら、バウガを助けるために駆け寄った。

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