第10話 白くて、もふもふで、でっかいトリ その2

 数時間かけて戻ると、キュポポチョウはまだ同じ場所にいた。やはり左脚を怪我していて動きづらいのだろうか?


 遠くからよく見ると、キュポポチョウは狼のような魔物に囲まれていた。あれは……襲われている! 懸命に羽ばたきながらくちばしや脚を使って反撃しているが多勢に無勢、五匹の狼が徐々にキュポポチョウの体力を削っていく。ここまでのピンチになっても飛ばないところを見ると、どうやら跳躍するのが限度の飛べない種らしい。


 俺は狼のような魔物に鑑定を使った。



【名前】ホワイトウルフ

【レベル】5



 レベルは俺の半分以下、数が多いだけに油断はできないが、充分に勝てる相手だ。キュポポチョウのところまで駆けながら、どうせ伝わらないと思いつつも声をかける。


「おい、こっちの三匹は俺が引き受ける!」


 意外なことに、キュポポチョウは俺の言葉に反応して残りの二匹のほうに向き合った。俺は三匹のほうに火球魔法を撃って挑発する。俺が使う火球魔法は威力は充分なのだが狙いが甘く、ホワイトウルフに当たらない。しかし、挑発としては充分だったようだ。三匹がこちらに狙いを定めて乱戦になる。


 森林を出てからも何度か魔物と戦い、だいぶ戦闘に慣れてきた。以前の俺なら狼と戦うことなんて考えもしなかっただろうが、今は倒す順番を考える余裕すらある。


 キュポポチョウと背中合わせになって、お互いを守りながら戦い続ける。


 ホワイトウルフを全て討伐するのに数分もかからなかった。最後の一匹のホワイトウルフに、至近距離から火球魔法を打ち込む。接近すれば狙いが甘いのも関係ない。キュポポチョウのほうに振り向くと、あちらもホワイトウルフを全て倒したようだ。


 ホワイトウルフの死体に拝んでから、あとで食すためにいったん収納魔法に放り込んでおく。収納魔法の空間では時間が止まっているのか、収納しておけば腐ることはない。食えるかどうかは分からないが、俺の手で殺した以上は死体を無駄にはしたくない。


 ホワイトウルフを片付けてから、俺はキュポポチョウに話しかけた。


「あー、敵意は無い。あんたの怪我を治す手段が俺にはある。分かるか?」


 キュポポチョウは俺の言葉を理解しているみたいに大人しくしている。「キュポッ!」と一声鳴いたのが俺には肯定の返事に聞こえた。先ほどよりも明らかに意思疎通が取れている。どうしてだろう……と考えてから、直近の温泉でレベルが上がった魔法のことを思い出した。


【翻訳魔法がレベル2に上がりました】


 俺はステータスウィンドウで翻訳魔法の説明を読んだ。


【翻訳魔法:異世界の言葉を翻訳する。高度な知能を持つ魔物との意思疎通を可能にする】


 翻訳魔法のレベルが上がったことで俺の言葉がキュポポチョウに伝わるようになったのだろう。キュポポチョウが何を言いたいのかも俺に伝わるようになっている。俺にキュポポチョウを傷つける意思が無いことが伝わったことで、キュポポチョウは大人しくなっている。これならどうにか温泉まで連れて行くことが出来そうだ。


「この先に温泉があるんだ。俺と一緒に温泉に入れば、怪我が治る。そういう魔法なんだ。分かるか?」

「キュポッ!」


 キュポポチョウが元気に返事をする。よしよし。


「運ぶために触るぞ。いいな?」

「キュポッ!」


 見た目は白くて丸っこくて可愛らしいキュポポチョウだが、俺と同程度の身長があるうえに横幅が広い。一苦労しながらどうにか両手で持ち上げる。明らかに俺よりも遥かに体重がある。魔力による身体強化が無ければ運ぶのは不可能だっただろう。


「重い……」

「キュポポポポポポッ!!!」

「うおっ、俺が悪かった、暴れるなってっ!」


 どうやらこのキュポポチョウはレディだったらしい。重いという俺の発言に怒ったのをどうにか宥める。


 これ、運ぶのか……。一度は通った道を重荷を背負いながら歩くことを考えて、俺は内心でため息をついた。




 途中で一晩休んでから、翌日に温泉のところまで戻ってきた。キュポポチョウはどうやら雑食のようで、俺の手持ちの食料ならなんでも食べる。道中では食事の用意に困らなくて助かった。


「念のため確認なんだが、温泉に入ったことはあるか?」

「キュポッ!」


 問題ないらしい。元のいた世界では鳥類の水浴びにお湯を使うのは良くないって話を聞いたことがあるが、ここは女神スパクアがあちこちに温泉を作っている異世界だ。生態系もそれに順応していると信じたい。そもそも鳥じゃなくて魔物だしな。


 キュポポチョウを温泉の中にゆっくりと置いてから、俺も服を脱いで湯に浸かる。


「ふぅぅぅぅ」

「キュポォォォォ」

「おっ、温泉の良さが分かるか。なかなかやるな」


 キュポポチョウが気持ちよさそうに鳴いていて俺も嬉しくなる。


 お湯に浸かりながらまったりしていると、キュポポチョウの怪我がどんどん回復していくのが分かった。ここまで運んできた甲斐があったというものだ。俺の疲労も溶けていくので、もしかしたら温泉魔法には疲労回復の効果もあるのかもしれない。


 完全に怪我が治ったのを確認してから温泉を出ると、キュポポチョウがブルブル震えて水を払った。ああ、なるほど、魔力を使えば表面の水を弾けるのか。俺も真似をしてみたが、思ったよりも難しかったので大人しく布地で肌を拭いた。


 人助け、というか魔物助けができて気分が良い。


「じゃあな、元気でやれよ」

「キュポッ」


 俺はキュポポチョウに別れを告げて歩き出した……のだが。


 歩いても歩いても、後方に白くてもふもふの丸い固まりがついてくる。偶然に同じ方向を歩いているのかと思って道中で座ると、キュポポチョウも一緒に座る。密着するほど距離が近く、もふもふした羽毛の生えた身体をこれでもかと押し付けてきて圧がすごい。


 アメリアが言うには魔物使いという職業もあるみたいだし、こうやって魔物が懐くこともあるのだろうか。旅の共として足になりそうな魔物が欲しいとは思ってたんだよな。町か村で馬を買おうかと思っていたが、キュポポチョウのこのサイズなら乗れないことも無いんじゃなかろうか。ダチョウに人間が乗る動画を見たことがあるし、鳥でも乗れないことはないだろう。


 俺は少し考えてから、キュポポチョウを誘った。


「その、一緒に来るか?」

「キュポッ!」


 キュポポチョウが嬉しそうに鳴いた。肯定の鳴き声だ。


「よし、じゃあ早速乗らせてもらおうかな」


 俺はキュポポチョウに乗っかろうとしたが、先ほどまで甘えるように引っ付いていたキュポポチョウは俺が背中に乗ろうとした瞬間に暴れ出した。


「このっ、意外と反抗しやがる! 俺がお前に乗ってる間はっ……大人しくしてればいいんだよっ……!」

「キュポポポポポポポポポッッッ!」

「ぐわああああああっっっ!」


 キュポポチョウが羽ばたいた勢いで俺は宙に舞った。ヘディングの要領でキュポポチョウが頭突きで何度も俺を打ち上げる。


「ぐわあっ! ぐわあっ! ぐわあああっっ!」


 どうやら背中に乗るのは駄目らしい。許してもらえるまで俺は宙を舞い続けた。

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