第19話 男女二人きりでないと入れない宿

 ルイザから依頼を受けると、俺たちは冒険者ギルドから外に出た。ユララはまだ肩を落としており、青いポニーテールが元気無く揺れる。


「虹色亭……」

「まだ言ってんのか。手持ちの現金で楽しめることを探すのも旅の醍醐味だぞ。まずはこの50エルニケダラーで泊まれる温泉宿を探すぞ」


 俺はユララから渡された討伐報酬の分け前を取り出した。5枚の10エルニケダラー通貨が今の俺の全財産だ。


「……50ダラーだと温泉宿は泊まれないわよ。普通の安宿だったら10ダラーもかからないと思うけど、温泉付きなら300ダラーは欲しいわね」

「え、マジ?」


 結構相場が高い。もうかなり温泉宿の気分なんだが。


「やっぱり温泉宿の無償提供も欲しいです、ってルイザに謝ったらイケると思うか?」

「格好悪いから止めておきなさいっ!」


 まあダメだろうな。今更勿体ないことをした実感が湧いてくるが、まあ断ってしまったものは仕方ない。気を取り直すと、次の目的のために歩き出す。


「よし、行こうぜ」

「どこに?」

「ユースラの観光だよ。案内してくれるんだろ?」


 笑いかけると、ユララは真夏の青空のような笑みを浮かべた。


「任せなさいっ!」




 大通りに戻ると、まずは腹ごしらえのために屋台を物色する。


「あれはムヴム、そっちはオペンノ、あっ、ユースラに来たならヂツノーペがオススメよっ!」


 ユララの案内に従ってヂツノーペを2ダラーで買ってみる。本来は3ダラーだったのだが、屋台のおっさんが「彼女と上手くやりなよっ!」と値引きしてくれた。ユララとカップルだと思われたらしい。


 ユララのぶんのヂツノーペを手渡すと、ユララが金を出そうとしてきたので断った。


「奢りだ」

「いいの?」

「街案内の礼だと思ってくれ」

「あ、ありがと……」


 頬を染めながらユララはヂツノーペを受け取った。喜んでもらえたようだ。ヂツノーペはリンゴのような果実をくり抜いて中に熱い魔物の肉が詰め込まれた飯だった。ユララに習って大胆にかじると、爽やかな果汁と熱い肉汁が混ざって絶妙な旨味がある。


「美味いな」

「でしょー!?」


 俺が感心すると、ユースラの料理を褒められたユララが嬉しそうに笑う。これは異世界の食事も中々期待できそうだ。肩に乗ったトテトテにもヂツノーペを分けてやると「キュポッ」と嬉しそうについばんだ。ヂツノーペをぺろりと平らげた俺たちは、次にムヴムを買って食べ歩きながら大通りを歩く。


 目についた武器屋や防具屋に入ってみたが、所持金では桁が二つは足りなかった。


「剣や鎧って結構高いんだな」

「魔法使いが使う剣や鎧は、魔法象徴シンボルとして充分に洗練された魔道具である必要があるもの。まあ、討伐依頼を地道にこなしていれば手に入ると思うわっ! あっ、あそこの服屋に入っていい?」


 ユララに付き合って入った服屋には、色とりどりの水着が置いてあった。店主の話によると街の中の温泉には混浴が数多くあるので、こういう水着の需要があるとのこと。安かったので男性用の水着を一つ買った。


 俺の買い物はすぐに終わったのだが、ユララの水着選びは難航した。ユララが水着を試着するたびにいちいち俺に聞いてくるのだ。


「ど、どう? 似合うかしら?」

「いいと思う。可愛いぞ」

「もうっ、全部それじゃないっ!」


 正直な感想を述べていただけなのだが、何故か怒らせてしまった。他の場所にも行きたかった俺は、適当に水着を選ぶとユララをなだめる。


「ユララは美人だから何でも似合っちまうってことだ。あえて選ぶなら、俺はこの白い水着を着たユララが見たいな」

「そ、そーお? まあ、ジンがどうしてもって言うなら、着てあげても良いけど?」


 少し持ち上げるとユララは一瞬で機嫌を治した。チョロい。結局、俺が最後に選んだ白いビキニを買うことにしたようだ。


 その後も、俺たちはユースラの街を周った。料理屋、魔道具屋、魔石屋、おもちゃ屋、賭場、宿屋。ユララとあーだこーだ言いながら店を冷やかしているだけでも中々楽しめる。金が無いのでほとんど買えなかったが、今後余裕ができた時に欲しいものはいくつか見つけられた。


 夕方になって最後に行く場所を二人で相談していると、ユララが提案してくる。


「あ、そうだ。日帰りで温泉に入れる宿もいくつかあるわよ。そこなら安いから入ってみる?」

「おっ、いいな」


 ユララに案内された宿はなかなかにボロい木造建築だった。本当に温泉宿なのかと疑うが、確かに看板には「個室に温泉アリ」と書いてある。値段は二時間で10ダラー、個室に温泉付き、男女二人でのみ利用可能。なんか変な条件だなと首を傾げるが、周囲にも似たような宿が乱立しているのでこの街ではこんなものなのかもしれない。


 妙に薄暗い照明で受付の顔もよく見えない。金を払って鍵だけ渡されると、暗い廊下をユララと一緒に進む。


「このあたりの宿、男女二人じゃないと入れないから気になってたのよねっ! 入ったことあるお友達もいるのだけど、どんな宿なのか教えてくれないし」

「……なあ、もしかしてここって」


 楽しそうに廊下を歩くユララと、なんだか嫌な予感がしてきた俺。二人で一緒に部屋に入って、絶句する。


 部屋の中央には大きなダブルベッドがデンと置いてあり、近くの机には淫猥な形をした小道具が置いてある。隣接した浴室は木彫りの湯船、たしかに温泉が湧き出ているみたいだが、ガラス張りの壁に仕切られているので浴室が丸見えなのが問題だ。部屋を満たす甘くムーディな香りが鼻孔をくすぐった。


 紛うことなき連れ込み宿であった。


「あは、あはははははは……」


 何かを察したユララが乾いた笑いを上げた。

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