第18話 ルイザ・ビッグマン

 老婆に案内されて、冒険者ギルドの奥の部屋に通される。殺風景な部屋だが、ソファやテーブルなどが揃っているところを見ると客室のようだ。部屋に入りながら、ユララが小声で話しかけてくる。


「ちょっと、あなた何をしたの? ルイザ様を怒らせるようなことしたんじゃないでしょうね?」

「何もしてねえよ。この婆さん、何者だ?」

「ルイザ様を知らないの!?」


 ユララが目を丸くして、老婆がカカッと笑った。当たり前だが俺たちの内緒話は目の前の老人に聞こえていたようだ。ソファを勧められて座る。俺の隣にユララ、向かいには老婆。老婆が今度は異世界語で自己紹介を始めて、翻訳魔法が効果を発揮する。


「あたしゃルイザ・ビッグマン、冒険者ギルドのギルドマスターだよ」

「湯通堂ジン、冒険者だ」

「ユツドー・ジンね。ユツドー、ビッグゴブリンを倒してくれて礼を言うよ。しかし、目立ちすぎたね」


 ギルドマスター……つまり冒険者ギルドのお偉いさんか。ルイザは先程俺のことを異世界転移者と呼んでいた。どうやら俺がビッグゴブリンを倒したことを怪しんで声をかけてきたようだが、納得はいかない。


「目立ちすぎ? レベル10の魔物を倒しただけだぞ」


 その辺をうろついている雑魚を倒しただけで、目立つような行為は何もしていないはずだ。俺の疑問にユララが答える。


「北に行けば行くほど魔物は強くなっていくから。この辺ではレベル10の魔物なんて滅多に出ないし、それを倒せる冒険者もあまりいないの」


 それを先に言え、と思ったが、俺のほうがもっと詳しく質問しておくべきだったかもしれない。ランクDという評価も、この周辺に限定すればトップクラスの評価だったということだ。


 俺はユララのほうをちらりと見た。なぜルイザに異世界転移者だとバレたのか詳しく聞きたいところだが、その話をすると必然的にユララに俺が異世界転移者であることがバレてしまう。


 ユララを部屋から追い出すか、このまま話を聞かせるか。そもそもバレる不都合はあるのかどうか。少考の後、どうせパーティを組んでいればそのうちバレそうだから、口止めだけしておくことにする。


「ユララ、これから俺とルイザがする話を口外しないようにしてくれ」

「ええ、それはもちろん。人の事情をペラペラ喋るようなお口はしてないわっ!」


 これでよし。俺は改めてルイザ婆さんと向き合うと、詳しく話を聞くことにした。


「俺を異世界転移者だと思った理由は、ビッグゴブリンを倒せたってことだけか?」

「加えてビッグゴブリンの死体が焼け焦げていたのもまずかったねえ。火を扱える魔法使いは希少だからね。それに……」

「それに?」

「あたしゃ怪しいと思った魔法使いには片っ端から日本語で話しかけている」


 謎の言語で話す老婆の怪談になってそうだな、と思ったが口に出すのは我慢した。それにしてもお手上げだな。


「運が悪かったな。最初の目的地を別の街にしておけば、あんたに見つかることは無かった」

「カカッ、それは難しいねえ。そのうち分かるだろうが、あたしゃ全ての街にいるからね」


 冒険者ギルドは全ての街にある、と言いたいのだろう。ギルドマスターってのはこの街の冒険者ギルドのトップのことではなく、もしかしたら全ての街の冒険者ギルドの統括者なのかもしれない。


 話しているうちに、この老婆にも興味が湧いてきた。


「あんたが日本語を使えるのは何故だ?」

「中々上手いだろう? 異世界転移者に教わったのさ。あたしゃこれでも勇者パーティの一人でね。勇者が異世界転移者だったのさ」

「へえ」


 魔王を討伐したのが勇者一行だったか。女神からチートを貰ってまでやることが、この世界を救うこととは御苦労なことだ。改めてルイザを見ると、鋼のように鍛え上げられた巨体からは勇者パーティとしての貫禄が感じられる。


「勇者パーティの武闘家か」

「失礼だね、聖女だよ」

「……あー、そりゃすまん」


 分かるかっ、と思ったが口に出すのはギリギリで耐えた。勇者パーティに憧れてるらしいユララが隣で息巻く。


「ルイザ様はねっ、本当にすごいのよ! あのねあのね、」

「分かった分かった、勇者パーティの話は今度聞かせてくれ」

「そう? それじゃあ約束ねっ! 勇者と聖女の出会いのところから順番に聞かせてあげるっ!」


 あまり興味は無かったが、嬉しそうなユララを見ていると無下にもできない。これだけ近くで勇者パーティの一人を見て育ったのだから、憧れるのもやむなしといったところだろう。


「それで、ルイザ。俺に話があるんだろ?」


 俺は異世界転移者、ルイザは冒険者ギルドのギルドマスターで元勇者パーティ。ここまでの会話はお互いの素性を明らかにしただけで、ここからが本題だ。俺はルイザが声をかけてきた理由に踏み込んだ。老婆は巨体を揺らしてカカッと笑う。


「いくつか面倒な案件があってね。ユツドー、あんたに解決をお願いしたい」

「報酬次第だな」

「通常の報酬に色をつけるのに加えて、冒険者ギルドが提携している温泉宿の無償提供、ユースラ周辺の温泉の場所の情報提供。協力するならこの先の街でも同様の条件で依頼を出そう」


 ユララが「ええっ!?」と驚きの声を上げる。


「冒険者ギルドが提携している宿と言ったら、虹色亭とか三千花の宿とかも泊まれるじゃないっ!」


 宿の無償提供も、温泉の情報提供も、悪くない条件だった。だが。


「貰い過ぎだな。通常の報酬に加えて温泉の場所の情報提供だけでいい。まずは試しに一回依頼を受けて、協力関係を継続するかはその後決める」

「ええっ!? あの、ジン、虹色亭だけでも泊めて貰っても良いんじゃない? あの、あたしも泊まりたいというか……」


 ユララが横で何か言っているが、放っておく。老婆が楽しそうに笑った。


「カカッ、随分謙虚だねえ。遠慮ならいらないよ」

「そういうんじゃねえよ」


 俺は首を振った。


「分かってねえな。宿ってのは手持ちの金とにらめっこしながら決めるのが楽しいんだろうが」

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